「愛してるよ」の返事は「ありがとう」になった

同棲を始めてから、早起きする習慣がついた。

光太郎が起きる前にベッドを抜け出し、徒歩6分のジムに行く。30分間、ストレッチと簡単な筋トレをし、30分間、頭を空っぽにして汗を流して帰宅する。

簡単な朝食を作り、食べ終えた頃にたいてい彼は起きてくる。


「おはよう、じゃあ私行くけど」


圭子は出社前にカフェで英語の勉強をしている。そのため、勤務開始時刻が同じにも関わらず、光太郎と駅まで一緒に歩いたことはなかった。


朝、一緒に目覚めるとハグやキス、場合によってはセックスまですることになる。それを避けるためだ。

接触を拒んでいることに、光太郎は気づいている。それでも何も聞いてこない。気のせいだよ、とか疲れているから、と言われるのがわかっているからだ。

圭子は性欲があまり無いと思っている節もある。

実際、1ヶ月や2ヶ月セックスをしなくても特に欲求不満になることはないが、相手によっては相当乱れることを彼は当然知らない。


性的接触を避けている分、愚痴や仕事の話は丁寧に聞くように心がけた。

終わりを見据えていれば、ヒステリーもある程度抑え込むことができた。一線を引き、言葉を飲み込み、演技をして相手の話を受け入れる。


恋愛でも結婚でもない関係と認識すれば、その生活はよりルームシェアに近しくなった。割り切っていれば我慢できることも多かった。


「今日も飲み会?」

「あ、うん。たぶん接待」


連日、飲み会が続いたのは偶然だ。金曜日は飲み会でなくても、まっすぐ家に帰る気にはなれないからちょうど良かった。


「圭子ちゃん、愛してるよ」


寝る前と出かける時、光太郎はよく愛していると言う。眠る時は、圭子が去るのを予想しているかのように、切なげな響きの時もある。


「うん、ありがとう。行ってきます」


復縁してからは、一度も「私も愛してるよ」と言ったことはなかった。


光太郎は悪くない。誠意を持って自分を愛してくれている。それはもう、盲目的なほど。

もしかしたら、光太郎にとっても圭子は「初めて見た鳥」なのかもしれない。元カノと2年ほど付き合っていたのは知っているが、さほど恋愛経験が豊富でないのは確かだ。


でも、愛はそこにはない。


マンションを出ると、初夏の日差しが降り注いでいたが心は冷えていた。

いつの間にか、春が終わっていた。



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