一緒にいるほど少しずつおかしくなっていく

光太郎の両親は、圭子たちが仲睦まじく同棲しているものだと思っている。顔合わせはいつ頃がいいのかと問われたとき、光太郎は、「圭子の転職があるから落ち着くまで待つ予定だ」と答えたそうだ。


「だから、大丈夫。待つから」


梅雨明けが報じられた次の日、仕事から帰った光太郎は圭子に告げた。発作のような狂気は、2週間が経って収まりつつあった。しかし時折その片鱗が顔を覗かせ、理性で抑え込む様子が見えた。もともと理性的な光太郎を壊しかけているのは自分だ。


視線は変わらずまとわりつく。酔った圭子を抱こうとした夜を境に、寝る前の「愛してる」は止んだ。だが最近は、1日に何度も「圭子ちゃん、何してるの?」と聞かれるようになった。


靴を脱いでいる時、

冷蔵庫を開けている時、

歯磨きをしている時、

読書をしている時。


そんな、何をしているかなんて見ればわかるような時も、光太郎は聞く。


「圭子ちゃん、何してるの?」

「…靴脱いでるだけ」

「冷蔵庫開けてる。…何か飲もうと思って」

「別に…歯磨きしてる」

「友達が貸してくれた本読んでる」


一つ一つ回答していると、じんわりと頭がしびれておかしくなりそうになる。途中から、返事は一つになった。


「…見た通りのこと、してる」


挙げ句の果てに、声を荒げたこともある。キッチンで料理をしていて、携帯を部屋に取りに行こうと振り返ったら、寝室から「何してるの?」と聞かれた。


「何もしてない、振り返っただけ。なんで日に何回も何回もその質問をするの?!」


思わずテーブルを手のひらで叩く。


「…ごめん。聞きたかっただけ」


光太郎は視線を無理やり圭子から剥がして、寝室へ消えた。自然な会話が成り立たないから、無理に話しかけようとしていたのだろうか。神経を衰弱させながら、それでも圭子に捨てられたくないから言葉を紡いでいたのだろうか。何か話しかけないと正気を保てないのだろうか。

中途半端な状態で、一緒にいればいるほど、きっと彼はゆっくりとおかしくなっていく。

光太郎の母親が、実家で使わない食器類を送ってくれるそうだ。お茶碗や平皿、鍋。ペアマグカップ。その食器を使う日は、来るのだろうか。



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