結婚指輪の輝きは強い

「圭子、こっちこっちー!」


卒業してから初めてのサークル時代の飲み会には、自分たちの代だけではなく、上下数世代も集まっており、大規模な同窓会になっていた。レストランに着くと、加奈子と美穂が手招きしていた。


「加奈子はなんか久しぶりだよね。こうやって3人揃うの、やっぱいいな」


美穂がしみじみと言う。加奈子が略奪婚に伴う対応に追われていたため、最近会えていなかったのだ。

「やっと落ち着いたよ…慰謝料請求されなくて、本当によかった。なんとか会社にもごまかせたし、ひと段落って感じ…って、あ!」


加奈子は圭子の左薬指の指輪を見て嬌声を上げた。


「圭子、それ。ちょっと遅くなったけど、婚約おめでとう!」

「そっか、私が婚約してから会ってないんだっけ。ありがとう」


悩んだものの、婚約指輪は付けてきた。婚約したということはサークルではある程度認知されていたから、付けていった方が無難だろうと思ったのだ。


「え、圭子さんご結婚したんですか?おめでとうございます!」

会話を聞いていた一つ下の後輩が、横から話題に参加した。


「実は、私も結婚するんですよ。私たちの代の真子とゆっきーも近々って言ってたので、今年は結婚ラッシュですね」


「あ、私はまだ、結婚じゃなくて婚約しただけなんだけどね」

「そんなのほぼ一緒!式の予定とか決まったら、教えてくださいね」

話すだけ話すと、後輩はすぐに他のテーブルに移っていった。結婚することが単純に嬉しいその様子が、圭子の目には眩しく映った。


「で、圭子は最近どうなの?彼氏は?」

乾杯後、席で飲んでいると、目の前に腰を下ろした同級生の相葉に話しかけられた。隣に座っていた美穂が、圭子の左手を掴んで相葉に見せる。


「圭子、婚約したんだよ。ほれ、指輪」

「えっ、そうなの。最近SNS見てないから全然知らなかった」


相葉は、知的でクールだと後輩たちから絶大な人気を誇っていた。未だにサークルには、彼に思いを寄せている後輩が数人いる。

圭子は、この男と一度寝たことがあった。光太郎と付き合う直前の、大学入学直後のことだ。


「相葉は?彼女できたの?」

圭子は、同窓会には来ていない後輩の一人が相葉とこっそり付き合っていたのを知っている。最近、振られましたと連絡が来たから過去形だ。


「今は完全、フリーなんだよね」

ふうん、本当?と美穂が隣で笑う。


この日の同窓会では結婚の話が頻出した。26歳を中心にした集まりでは当然と言えば当然だが、つい1年前までは全くそんな兆しはなかったように記憶している。


婚約していてよかったとこんなに強く感じたのは、今日が初めてだった。

結婚している、婚約している。それだけで一歩先に進んでいるのだとみなされる空気が場を支配していた。そう感じているのは決して自分だけではないと思う。彼氏のいない先輩たちは、どこか居心地の悪そうな引きつった笑顔で結婚報告を聞いていた。

かつては学業の成績や容姿の美醜が評価基準だったが、今は確実にそこに結婚が加わっていた。場合によっては、高収入であるというステイタスよりも強いかもしれない。

パートナーのスペックは割とどうでも良く、誰と話していてもさほど話題にならない。単に「結婚」という二文字がすごろくのアガリのようだった。


大学時代の自分なら、そんな昭和な感覚、馬鹿らしいと鼻で笑っていただろう。でも今日、後輩の結婚報告を心穏やかに聞けたのは自分が婚約しているからだ。そうでなければ、耐えられなかった。


散会後、携帯を見ると相葉からLINEが来ていた。

「実は俺も、婚約するんだよね。まだサークルのメンバーには言ってないから、オフレコで。お互い、幸せになろうな」


圭子は笑ってしまった。相葉も自分と同類だ。人よりも社会的に優位に立っていなければ満足できないタイプ。おそらく、圭子が婚約したと聞かなければ、自分の婚約をわざわざ連絡してくることはなかっただろう。あのテーブルには、彼をうっすらと慕っている後輩たちが数人いた。相葉がうまいことやれば、あっという間に抱かれてしまうような子達だ。だからあの場では言わなかった。彼は、その子たちの前ではフリーでいたいから。

だけど、婚約指輪をはめた同級生の女−昔自分に抱かれたことのある圭子を見て、俺も同じだ、と言わずにはいられなかったのだろう。

圭子だって、元彼と偶然どこかであって、その男が指輪をしていたら、あら私もなの、と誇らしげに微笑むに決まっている。


人がまばらな電車に揺られて、目を閉じる。


(光太郎との結婚を止めても、私はあそこに居られるのだろうか)


結婚も出産もしてないから、と自嘲気味に笑った峰崎部長の顔が浮かぶ。

「負ける」ことに、自分は耐えられるのか。

結婚はやはり正義だった。


結婚指輪や婚約指輪の輝きは、何にも増して、強い。

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