第7話 ゼロ次元「点」、一次元「線」、二次元「面」、三次元「立体」、四次元「??」

「うん。じゃあ、途中だった次元の話をしてもいいかな?」

「はい」

 瑠璃仁と座って話しているからか、あきら勝己かつみも放っておいてくれる。ありがたい。忙しない医大ではありえない話である。白夜は、もっと患者とじっくり関わってみたいと常に思っていた。でも、病院の数は限られているのに患者は増える一方なのだ。手のかかる後輩――みなみ颯太そうた、あいつ今頃何してるかな。ちゃんとやれてるかな――もいたし。次から次へと仕事は増え、結局は能率を優先しないと回らない。それは仕方のないことだと思うこともある。でも自分の中にも夢や理想がある。

「二次元とか、三次元とか、四次元とか、言葉は聞いたことはあるかな」

 そう問いかけて話し始める瑠璃仁に意識を戻し、白夜は頷いた。この世は三次元と言われるし、四次元と言えば『ドラえもん』の「四次元ポケット」を連想する。二次元と言えば、うーん……漫画やアニメの中の世界を俗にそう呼んだりする。

「それぞれどういう意味か分かる?」

 瑠璃仁は言いながら、痛そうに顔をしかめてこめかみを押さえた。頭痛がするのだろうか。それとも幻聴? 白夜は「大丈夫ですか」と声を掛けたが、瑠璃仁は中断するのを嫌がる様に無視し、話を続けようとする。白夜は会話に集中することにした。

 どういう意味か?

 そうだな……飛び出すように見える映画を3Dと言ったりする。

 立体的なものを、三次元というなら、ぺらぺらの紙や液晶の上で――漫画やアニメや映画が――繰り広げられたりすることを二次元というんだ。じゃあ四次元って何だろう。四次元ポケットって、無限になんでも収納できるポケット……みたいなイメージがあるけど……。

 答えに窮していると「ヒントをあげましょう」と瑠璃仁が指を三本たてた。「三次元は、立体。では、二次元は?」

 二本に減らされた指を見つめ、白夜は答えてみる。

「立体じゃないから、……ぺらぺらの……」

 ぺらぺらの紙や液晶の上。

 それは……

「面?」

「その通り」

 面だ。奥行きのない、縦と横だけの概念。

「じゃあ、一次元は?」

「一次元ですか?」

 頷く瑠璃仁から視線を外し、彼のまっすぐ立てられた人差し指を見つめる。三次元は「立体」で、二次元は「面」で……

「あ……」

 わかった。面積のない、横だけの概念。

「線かな?」

「正解!」

 一次元は、「線」!

 瑠璃仁はうんうんと頷く。白夜はちょっと誇らしい気持ちになった。これは、瑠璃仁の通っていた大学で学ぶことなのだろうか。カルテには大学名などの詳しいことは記載されていなかった。続いて、瑠璃仁は問いかけてくる。

「じゃ、ゼロ次元は?」

 白夜はそんなものまであるのかと思いながらも、次も正答しようと取り組んでみる。三次元が立体で、二次元が奥行きのない面で、一次元が面積のない線。線は、長さだけだ。長さ? じゃあ、長さのないものがゼロ次元かな?

「あ、わかった。ゼロ次元は……点!」

「当たり」

 ついていけると楽しい。高校の数学の授業も、こんな風に理解できたら楽しかっただろうか。

「じゃあ、次。四次元は?」

 四次元?

 しー。答えを言っちゃダメだよ、と、瑠璃仁は芝生に向かって注意をしている。自力で考えている白夜のために、幻声に向かって律儀に注意してくれているらしい。しかし耳を澄ませど、白夜には何も聞こえない。

 四次元か。四次元って何だろう。三次元は「立体」で、ええと、二次元が「面」だったから、四次元は、「立体」にプラスして、もっと何かの要素が増えるのだろう。四次元……という言葉の不思議とともに、どこかで聞いたことのある単語が浮かぶ。

「四次元は、「時間」……?」

 言いつつも、さっきまでの自信はあまりない。ゼロ次元「点」、一次元「線」、二次元「面」、三次元「立体」ときて、どうして四次元で「時間」になるのか。

 瑠璃仁は、予期したように首を横に振った。

「よく言われることですね。四次元=時間、正しくは時空ですが。実はそれは、物理学で使われるからなんですよ。だからミンコフスキー空間的にはその通り、正解です。しかし、僕が今ここで聞きたいのは数学的な――例えばユーグリッド空間としての四次元です。想像力を膨らませて考えてみてください。今言った難しい言葉を気にする必要はありません。さっきみたいに、もっと、空間としての要素そのもので四次元を答えてくださればいいんです」

 なるほど、確かにそう言われた方が、今自分の胸に浮かぶ疑問符にピントが合う。面白い知恵の輪が見えてきた。ゼロ次元「点」、一次元「線」、二次元「面」、三次元「立体」、そして四次元は「??」。三次元の立体までは想像できるが、そこにもうひとつ要素が増えた姿がイメージできない。

「難しいですか? ではヒントをあげましょう。僕の手を見てください。これは何次元で見えますか?」

 太陽の下、瑠璃仁はてのひらを差し出した。傷一つないその手は、白かった。厚みは約一センチで、付け根から指先までは、十五センチ以上二十センチ以下、横幅は十三センチくらい? 三つの要素。

「三次元です」

「うん。そうだね。では、これならどう?」

 そう言って彼は、芝の上に手をかざした。当然その下には、暗い影ができる。瑠璃仁が次に指差していたのは、その影だった。

「影ですか……?」

 少しだけ歪んでいるけれど、縦も横も、瑠璃仁の手とだいたい同じ。ただし、影に厚みはない。縦と横だけ。

「二次元?」

「そうだね」

 縦と横だけ。つまり二次元だ。

「じゃあ、今ここではできないけれど、この影を切り取って、横から光を当てたら……その先にできる影はどんな形?」

 ……ん? どういうことだ?

 白夜は想像してみる。

 芝の上の、瑠璃仁の手形の影。この影を切り取って――

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