第27話 使用人くんは実験台になることを了承しました。
さっき飲んだものは、見た目は普通のカプセル剤だった。
まだ試作段階なのだろう。薬剤を保護していたプラスチックとアルミ箔の包装シートの切れ端には、なんの印字もされていなかった。無地の状態のものを椋谷ははじめて見た。
(えっと……、明日の朝に一錠、また飲むことになるんだっけ)
毎日一錠ずつ手渡されるらしい。空になった容器は先ほど回収された。
風邪さえほとんど引かない椋谷にとって、薬は飲み慣れないものだった。口の中に入れたところと、飲みこむ瞬間まで、白衣の人間にまじまじと念入りに確認されたせいで、舌に変な味が残ったのが苦痛だった。薬剤師に、なんらかの副作用は覚悟するように言われた。特に下痢と嘔吐は仕方がないものらしい。それ以外のものは、まだ判っていないから、あればすぐに教えてほしいということだ。
ここは、白いサイコロの中みたいだ。天井からのライトと、斜め上部から光が差し込む。その向こう側が、研究室になっているらしい。そこからときどき、白衣を羽織った瑠璃仁が顔を出す。こちらから見上げても、天井しか見えない。椋谷はベッドの上に座って、辺りを見回す。枕元にビニール袋のかかった容器、それから汲み取り式の洋式トイレがむき出しにあるだけだ。後は何もない。着せられているのも、指定の真っ白な患者服だ。際立つ清潔さを除けば、刑務所の独房と何も変わらない。
前触れなく、アナウンスの音声が響いた。
――「一条椋谷さん、ご気分はどうですか?」
見上げると、光を放つ窓際に瑠璃仁の影があった。機材から生えた細いマイク越しに、やや形式ばった口調でこちらに質問を投げかけている。
「あ、えーと」
自分はどれくらいの声量で答えればいいのだろう、と思っていると、
――「普通に話していただければ、部屋に設置してあるマイクが拾います」
とのことだった。
「そうだな。まだ、特に、何も」
薬はほんの十分前に飲んだばかりだ。
「ん……でも」
意識したからだろうか。急に、二日酔いのような、くらくらする感覚が襲ってきた。視界がくらむ。
――「どうしました?」
問いかけにも、言葉が浮かばなくなる。リノリウムの床に反射した光を見つめて、動けない。
「ああ……。吐きそうだ」
胃の中がぐるぐると渦を巻いているのを感じる。これが副作用なのか。
――「できるだけ吐かないようにしてください。お薬が出てしまいますから」
その場合は吐き気止め薬を追加すると瑠璃仁が説明する。座薬だとさ。
――「吐くなら、そのガーグルベースの中にお願いします。後で係員が回収します」
ガーグル……はあ? 酩酊する意識の中で、枕の横の豆型の容器を引き寄せる。透明のビニール袋がかぶせてある。病院や保健室なんかでよく見る、吐くときに受け皿として使うやつだ。これのことだろうか。ん、手に持っただけで吐き気が前向きに増したような気がする。あ……。一瞬の恐怖感と共に、喉奥を異物感の塊がせりあがってきた。胃液と溶けかけの固形物――鼻から口から、ツーンとする最悪な匂いと味が容赦なく吐き出される。オロロロロ、とやっていると、その匂いと感触と喉奥の粘膜刺激に第二波が誘発されて、また繰り返す。この日々がどれくらいの間繰り返されるのかも不明なまま、ただ耐えるために目を閉じた。
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