第20話 治験審査委員からの嫌がらせがあります。

 研究室から瑠璃仁を離した春馬は、センサーや盗聴器のない場所で話を聞いてほしいという瑠璃仁と一緒に、納得できる場所を探した。外は人工衛星が見張っているからだめだという。やっと見つけた条件に合致する場所は、白く真新しい立方体のような空間だった。

「春馬……あのね、みんなが、僕の悪口を言って……僕に嫌がらせするんだ……」

 弱々しくうめく瑠璃仁に、春馬はゆっくりと息を紡ぐように言う。「それは、辛いですね……。瑠璃仁さんが苦しんでいるのは、僕も、辛いです」

「もう、生きていたって意味がない」

「なぜですか?」

「僕は否定されているから」

「誰が否定するんです?」

「治験の審査委員。人体で臨床実験をするには手続きが必要なんだ。そのための申請をしていたんだけど、すべて却下された。理由は、荒唐無稽だってさ」

 尊厳を踏みにじられ傷ついた顔で、瑠璃仁は笑う。

「ははは。僕が病気だから? 界隈じゃ有名なんだってさ。今日もまた研究仲間から言われたよ。いや、仲間なんかじゃないね。僕は知ってるんだ。僕なんて、気の狂ったただの妄想患者だって言われてる! 僕の研究は、世界を塗り替えるんだ! それなのに、誰も信じてくれない!! 誰も!!」

「どんなことを言われたんです?」

「坊ちゃんに言われた通りやっていればそれで大金がもらえるなんて、こんなにいい仕事ないって、科学者でも介護士でもいい、俺は家庭の方が大事だからな、って笑うんだ。ここは一条お坊ちゃまの入院施設代わりなんだって!」

 春馬は痛む胸を押さえて、首を横に振った。

「瑠璃仁さん、僕は瑠璃仁さんのしていることが、すごいことだと信じていますよ」

「春馬なんて、なんにも知らないくせに! わからないくせに!」

 子供のように瑠璃仁は春馬に当たる。

「たしかに僕に難しいことはわかりません。でも、瑠璃仁さんは、僕にいつだって面白い話をしてくれるじゃないですか。そんな瑠璃仁さんが荒唐無稽なことを言うだなんて、僕にはそっちの方が信じられないんですよ」

 瑠璃仁はもっと何かを言おうとして開きかけた口を、一度引き結んで、静かに春馬の言葉を聞いた。

「そう言ってくれるのは春馬だけだよ。ありがとう」

 瑠璃仁の双眸にまた光が灯ったように見える。春馬は息を整えて、小さく頷いた。

「でも論文と計画を公的に認めてもらえない以上、実力行使するしか……実験を成功させて認めさせるしかない。だって、四次元が見えるようになるんだよ? 四次元が見えるようになったら、ものすごいことになる。蓋を開けないで中のものを見ることができるし、取り出すことだって可能だ。手の届く距離まで空間がねじ曲がっているのがわかったら、テレポート移動だってできる。世界がたちまちのうちに変動するんだよ。ああ、もう、僕ならそれを可能にできるのにな。悔しい」

 瑠璃仁は床に座り込んだ。

「こんな病気なんかになったせいで――だいたい、僕はこの病気になったからこのことに気づけたんだ! それなのに! この病気のせいで妄想状態だと言われて! 僕はいったい何のために、この病気を耐えていると――っ、その上でどれだけ苦労して考えていると、思っているんだ! 実験できれば、すべては実証できるのに! どんなに理論立てて説明したところで、僕の論文は見向きもしてもらえない。でも実証できれば一転、注目を集めることだろう! この実験には人体への薬剤投与が必要となる。でも僕の周りに、そんなことを協力してくれる人はいないんだ。僕自身、妄想や幻覚を伴う病気持ちだから、自分でやるわけにもいかないしね……」

 微かな光が消えたりしないようにそっとかざす春馬の手は、あまりにも小さかった。

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