04:奴はとんでもないろくでなしだ
「陛下、先ほどは綺麗な花束をありがとうございました」
花束の礼は既に伝えてあるが、顔を合わせてからもきちんと伝えておけというのはレイのアドバイスだった。にっこりと微笑みながら当たり障りのないお礼を告げる。
「姫の前では花すら己のうつくしさを恥じらうでしょうね」
……なるほど、好きでもない男に熱い視線を送られても気持ち悪いだけだなとアドルバードは張り付いた笑顔の下でそんなことを考えていた。リノルアースが言い寄ってくる男性たちをめんどくさそうにあしらっている姿には可哀想に――なんて感想も浮かんでいたのだが考えを変えてもいい。これは鬱陶しい。
晩餐はこれといった問題もなく進んでいた。アルシザス王の意味ありげな目線を感じながらもアドルバードは笑顔でかわし続ける。
「本当に、噂に違わぬうつくしさですね、リノルアース姫は」
酒も入って上機嫌な様子のアルシザス王、カルヴァが言った。
「まぁ、ありがとうございます」
にっこりと微笑みながら内心では本物じゃねぇし男だよ、と毒づいていた。
「けれど、アルシザスほどの大国ともなればうつくしい女性は数多くいらっしゃるのでしょう?」
(――後宮があるのもそこに妃が何人かいるのも知ってんだぞ、こっちは)
含みを持たせつつも棘のないように、純真無垢な姫の顔でアドルバードは首を傾げてみせた。堂々と求婚なんかされたときのための逃げ道はいくつも用意しておくに限る。
「姫ほどうつくしい者など、世界中のどこを探しても見つかりませんよ」
「まぁ、お上手ですね」
よくある賛辞の言葉だ。アドルバードも欠片も真に受けることなく微笑んだ。
「姫と騎士殿が並ぶ姿はまるで一枚の絵画のようです。皆が目を奪われていましたよ」
リノルアースのすぐ後ろに控えているレイはただ黙っているだけだった。急に向けられた目線に、レイは苦笑する。
「私の騎士は素敵でしょう?」
代わりにアドルバードがふふ、と嬉しそうに笑いながら答えた。これは素直に嬉しい。
「仲もよろしいようで」
アルシザスの外交官が微笑ましそうに告げたのでアドルバードも否定はしなかった。
「ええ、幼い頃から共に過ごしてきた人ですから。誰よりも信頼しています」
嘘はひとつもついていない。アドルバードにとってレイ以上に信頼できる騎士はいない――これからもいないだろう。
無事に晩餐会を終えてアドルバードは部屋に戻った。今日はもうあと寝るだけである。
「……つかれた……」
長椅子に横になりながらアドルバードはため息を吐き出す。いくら双子の妹とはいえ別人になりすます、というのは常に緊張を強いていた。
「リノル様、あまり気は抜かないでください。ここはハウゼンランドではないんですからね」
与えられた部屋とはいえアルシザスの人間の目がゼロになったとは言えない。レイが口うるさくリノルアースと呼ぶのもそのためだろう。
「わかっている……」
(でもそれじゃあ俺が落ち着けるときがないじゃん……)
だからこそ、レイと二人だけのときは気が抜けてしまう。レイがいれば大丈夫だ、と自分でも頼り切っていることには気づいていた。気づいていていてもやめられない。
「では私はこれで失礼します」
ぐったりとしていたところに落ちてきたレイの発言にアドルバードは飛び起きた。
「は!? え!? なんで!?」
いつもならアドルバードが寝るまでレイは傍らにいる。そしてアドルバードを起こすのもレイの役目だ。
困惑するアドルバードに、レイは当たり前のようにさらりと答えを口にした。
「異性と夜に二人きりになるなとおっしゃったのはあなたですよ? アドルバード様」
レイの言葉にアドルバードは目を丸くして、その言葉を咀嚼して慌て始めた。
そう。確かにそうだ。
こんな格好しているけれどアドルバードは男である。そして、レイも騎士の姿をしているとはいえ――女性だ。
「それは! 言ったけど! 俺までそこに含める!?」
「主とはいえ異性は異性ですし。安心してください、隣の部屋に控えていますから」
護衛としての仕事を忘れていないのはさすがだが。
だがしかし寝るまではまだ時間がある。今日のこととか明日のこととか話し合いたい気もする。むしろ今までそっちはアドルバードを男と思っていないんだろ!? と聞きたいくらいに四六時中一緒だったではないか。
「失礼します、あの……」
どう言いくるめ――説明して違うそうじゃない俺が言っているのはそういう意味じゃない、とレイを納得させようか頭を悩ませていると、侍女がおずおずと声をかけてきた。アドルバードとレイが振り返ると、侍女は困惑した顔をしていた。
「……これから散歩、ですか?」
思わず張り付いていたはずの作り笑顔も崩れる。侍女が知らせたのは、アルシザス王からの使いがやって来たとのことだった。
「はい。姫との交流を深めるためにも中庭の散歩はいかがですか、と。今宵は月も綺麗ですし、昼間と違い気温も高くありませんから心地よく過ごせるでしょうと」
どんな交流だそれは、と思わず声に出そうになったところで踏み止まった。どう考えても身の危険しか感じない。
(婚約者でもない男と二人で夜のこの時間に散歩だぁ!? どう考えてもおかしいだろ!? それともこっちじゃそれも普通だとでも!?)
悪いがこっちは純真無垢なお姫様じゃないのだ。野郎の考えていることなんて手に取るようにわかる男なのだ。あわよくば、という考えが透けて見えている。
「申し訳ありませんが、少なくともハウゼンランドでは未婚の女性がこのような時間に男性と会うことはいたしません。お誘いはたいへん嬉しいのですが、交流ということであれば明日の昼間のうちに、とお伝えください」
申し訳なさそうに微笑みながらレイが告げると、使いとしてやってきたアルシザスの女官は頬を赤らめて「いえ」と答えた。
「確かに陛下にお伝えいたします」
「ありがとうございます」
レイがさらににっこりと微笑めば、女官の頬はますます赤くなる。その様子にアドルバードは遠い目をしていた。
(息をするように女が女を籠絡している……)
パタン、と扉を閉じて再び二人きりになった部屋のなかでアドルバードはため息を吐き出した。このままだとアルシザス滞在中にアドルバードの幸せはゼロになってしまいそうだ。
「……レイ」
「はい」
「奴はとんでもないろくでなしだ」
「……そのようですね」
さすがのレイもこれは認めざるを得ない。
「夜に二人きりで散歩だぁ!? ふざけんなそんなことはお熱い仲の二人がやるもんなんだよ暑いのは気温だけで十分だバーカ!」
むしゃくしゃしてアドルバードはクッションを壁にぶつけて叫ぶ。柔らかなクッションは壁に傷一つつけることなくもふっと床に落ちた。
「アドル様、あまり大きな声を出すと外に聞こえますから」
「これが! 叫ばずに! いられるか!」
謁見直後の花束といい、晩餐の後すぐのこの誘いといい、どう考えてもアルシザス王は女好きのクズだ。しかもこの対応はだいぶ軽んじられている。出会って早々、ほいほい誘いに乗る姫だと思われているということだ。
「お気持ちはわかりますが、明日の昼間になっただけましですよ」
(そうだった断ったわけではなかったんだったー!)
危機を回避したつもりになっていたが、先延ばしにしただけだったことに気づかされてアドルバードは項垂れた。
「よし、俺は明日体調不良で動けなくなるから」
キリッとこれまでにないほどいい笑顔でアドルバードが言い切ると、レイは呆れたように主人を見下ろした。
「体調不良を予告する人がいますか」
「行きたくない!」
子どものように駄々をこねるがレイはそんなことで折れてくれない。彼女はいつだってアドルバードを甘やかしてはくれないのだ。
「アドル様がうまくやれば明日で決着つきますよ」
「どうやって!?」
「きっぱりはっきり向こうに望みがないのだとわからせば」
「無理難題言うな!」
「無理難題でもやらないと、そのうち夜這いの心配までしなければならなくなりますよ」
ありえなくない話にアドルバードは青ざめた。夜這い。あのリノルアースが貞操の危機、なんて警戒していたくらいなのだ。それは笑い話にできるほど非現実的なものでもない。
「……レイ、俺嫁に行けなくなったらどうしよ……」
「アドル様なら貰い手はたくさんありますよ」
……そこは嘘でも冗談でもいいから嫁にもらってやる、くらいは言ってほしかった。
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