お忍び探検隊(2)

『ちょっとで遊んでくるわね。アリバイ協力よろしく!』


 王子らしく慌ただしくしているアドルバードのもとに届いた妹からの手紙には、そんなことが書いてあった。

「……外って……あいつ」

 外というのは双子とレイの間で城下町のことを示して使われている。アドルバードもリノルアースも数ヶ月に一度はお忍びで城下町を歩き回っているので、その行為自体は珍しいことではないのだが。

「お一人ではないみたいですよ」

 いくらなんでも、年頃になってからは双子揃って城下町に行くことはなくなった。この顔が二人並ぶとかなり目立つし、そうなると自然にハウゼンランドの双子の王子と姫を思い浮かべる市民も少なくないだろう、と警戒したためである。

 なので、たいていは城下町へ行くときに護衛としてレイを連れて行くのが決まりごととなっていた。しかし今回、リノルアースからその申し出はない。

 あのお転婆は一人で行きかねないと渋い顔をしたアドルバードに、レイが手紙の隅を指差して告げた。


『追伸、心配しなくてもルイが一緒だから大丈夫よ』


 その一文に、アドルバードは目を丸くした。

「……なぁ、レイ」

「なんでしょう」

「年頃の男女が二人で出歩くのってさ……」

「世間一般ではデートと言えなくもないですね」

 わざと言葉を濁していたアドルバードに、レイはきっぱりと非情にも言い切った。

「そうだよな!? デートって言うよな!? あのリノルがいくらルイ相手でもそんな誤解されそうなことするのか!? あのリノルが!?」

 自分の容姿の価値を他人以上に理解しているリノルアースは、異性に対しての警戒心はかなり高い。下手に優しくして勘違いされては困るのだ。優しくしなくても勘違いする馬鹿はこれまでにも何人かいたのだから。

 それゆえに、リノルアースは周囲や相手が誤解するような行動は一切取らない。二人きりで出かける、なんてもってのほかだ。

「うちの弟は勘違いするような男でもないですけどね」

「いやそうだけど、ルイはそうだけど、周りはそうとは限らないだろ!?」

「……むしろ周りには自分のものだと印象づけたいんでしょうけど」

 ぼそりと呟かれたレイの言葉は、しっかりとアドルバードの耳にも届いている。

「……へ? まさか」

 それはつまり、そういうことだろうか。


 あのリノルアースが、この男は自分のものだと周囲へ知らしめたい、と。


「気づいていらっしゃらなかったんですか?」

「……えーと……マジで?」

 大きな目をぱちぱちと瞬かせて、アドルバードは呆けた声を零した。

「もう少し周囲を観察する癖をつけたほうがいいですよ」

 呆れたようなレイの声は、つまり肯定だった。

 確かに、リノルアースにしては随分とルイを引っ張り回しているとは思った。護衛につけられた騎士のなかでクビにならなかったのもルイだけだし、あのアルシザスの一件でも巻き込んで連れてくるくらいだ。今までのリノルアースでは考えられない行動ではあった。

 けれどそれは、レイの弟だからだろうか、という曖昧な理由で説明できた。

「……レイ、今日必ず片付けなきゃいけないやつは?」

 ペンを握りなおしながら手元の書類に目を落とす。

「今机の上にあるものを終わらせれば、あとは帰ってきてからでも大丈夫ですよ」

 相変わらず優秀なアドルバードの騎士は、すべてを説明しなくてもわかってくれているらしい。





 たくさんの武器が並んでいる店内を、リノルアースは興味深そうに眺めていた。いかつい男がよく来るような店内に、リノルアースのような美少女がいるとかなり浮いている。

「すみません、つまらないですよね」

 用事だけさっさと済ませようとルイが急ぐと、リノルアースは「慌てなくていいわよ」と答える。

「別に、それほど退屈もしてないから。来たことないし、おもしろいわ」

「そうですか? 意外ですね」

 こんな男臭いところには興味などないと思っていた。しかし確かにリノルアースは並んでいる武器をじっくりと観察している。

「向き不向きがあるから自分で使おうとは思わないけど」

 冷静に自分に使えるか否かまで考えるのは、やはりリノルアースらしい。彼女の細い腕では剣など握れないだろう。

「……ナイフか短剣だけでも扱えると、非常時にはいいのかもしれませんけどね」

 言いながら、アドルバードはなかなか短剣の扱いがうまかったなと思う。身長はあまり変わらないのだから、多少訓練すればリノルアースも扱えるようになるだろう。

「奪われたときのことを考えると慣れない武器を持っているほうが危ないわ。ルイにはわからないでしょうけど、女には女の武器があるものよ?」

 にやりと笑うリノルアースにルイは頭を捻らせた。

「……女の武器は涙とか言い出しませんよね」

「それが武器として使えるのは私に惚れている男だけでしょ。あ、あとアドルもそうね」

 それは間違いない。アドルバードは嘘泣きでもころりと騙されている。

けれどリノルアースほどの美少女の涙ともなれば、その気はない男でも少しは動揺しそうなものだが。

「男は武器とも思わないものが案外役に立つものよ」

 それはいったい何が武器へと変貌するのだろうか、聞いたところで教えてくれるはずもないのでルイは苦笑いを零す。

「……その武器で襲われる日がこないことを祈ってます」

「あんたが馬鹿やらなきゃ大丈夫よ」

 何がリノルアースの逆鱗に触れるかイマイチわからないのだから回避しようもない気がしたが、それを口にしたら間違いなく怒るということはルイにもわかったので口を噤んだ。

「それで、次はどこ行くんですか?」

「もういいの?」

「もともと買うものは決まってましたから」

 ふぅん、とリノルアースは呟いてしばし思案する。彼女は城下を歩き回ることを目的としているようだし、どこへ、と目的地を決める必要もないかもしれない。

「思いつくまで適当に歩きます……?」

 年頃の女性と出歩くという経験がないルイには何もかもが探り探りだ。レイと買い物へ行くことはあっても、あの姉では世間一般の女性と同じ扱いにはならないだろう。

 どうやらルイの選択は正解だったらしい。リノルアースは楽しげに「そうね」と微笑んだ。


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