VI.

 ウル、貴方のために初めて手紙を書く。多分、長くなる。だから読むのが面倒なら、今のうちに捨ててほしい。



 私は前々から、死ぬ時どうして人は手紙を書くたがるのだろう、と疑問に思っていた。内容はどれも似たりよったりだし。好きとか嫌いとか、それを伝えた所で何が変わる?



 訂正。間違えた。修正ペンが見つからないから、このまま続ける。

 変わる。それはさっき分かった。

 だから私も、ラブロマンスの真似事のように、こうして貴方に書いている。



 一つ勘違いしているかもしれないから、先に言っておく。私は口下手でも喋るのが苦手でもない。むしろ思ったことは殆ど口にしてきた。だから嘘を吐いていたり、何かを我慢してきたわけじゃない。そこは安心してほしい。



 気づいたのは、これから死にゆく私をもう一度見つめ直した時、もう何物もつかめない場所に行くのだと決めた時、私は。



 私は、「何かを遺したい」と思った。

 部屋にあるのは、そのへんで売っている普通のものばかり。絵は描かない。工作もしない。つまり、私が死んだあと、遺るものはその辺りで売っているものばかり。



 私、私だけのものなんて、何一つ無い。

 私の生活を築いてきた破片たちは、コンビニやショッピングモールで全て手に入る。

 それがひどく、虚しく思えた。

 だからこうして、お互い何の得にもならない、古臭い遺書を選んだ。



 言葉。それが全て。

 私はあの店で沢山の本を読んでいた。特に理由はない。まあ楽しい話が多かったけれど、泣いたり笑ったりするほどのものじゃない。

 だってあれは、全て創られたものだから。



 貴方に教えてもらった歌は良かった。たとえ言葉が分からなくても、意味のない音であっても、価値のあるものだったから。

 悲しく、色彩の欠けた自然を教えてくれた。

 見たこともない世界と、見たくもない現実を教えてくれた。



 だから私は、あの店を気に入っていた。言葉が無くても、全て正しく成立していたから。

 でも、言葉があるから。遥か昔に死んだ者であっても、未だその存在をこの世界に知らしめている。



 言葉があるから、私は貴方と出逢えた。

 何か言い残すつもりで書き始めたけれど、何を言おうとしていたか分からなくなってきた。変えの紙もない。読みづらくてごめん。



 でも、書きながら、今

 今、私は貴方に伝えたいことが沢山浮かんできている。

 でも、うまく言葉に出来ない。

 凄く寒い。手が震えてきた。うまく書けない。

 だから一言だけ。

 短い間だったけれど、ありがとう。



 ――切り取られた手紙のその続きには、こう書かれていた。小さな丸文字は、必死に刻みつけたかのように濃く、時に薄く、そして弱々しい。



 嘘。嘘だ。嘘はつかないって言ったばかりなのに。

 それは良くない。

 ウル、どうか死の淵に立った者の戯言、世迷い言だと思って聞き流してほしい。本心じゃない。きっとそうに違いない。



 私は、貴方と共に死にたい。

 貴方の気持ちも、マナの気持ちも、よく分かる。



 私が拒絶すればよかった。そうすれば、別の誰かが贄として死ぬんだろうけど、でも私はそうなってほしかった。



 そうはならなかった。私が貴方に縋ったから。

 ごめんなさい。思い上がって、ごめんなさい。

 私は独りが怖い。何も受け付けなくなって、ゆっくり死を実感していく日々が、今になって本気で怖い。



 あれほど、死にたいと思っていたのに。

 死にたくない。

 それは、死を目の前にして怯えているからか。貴方と離れ離れになるからか。

 どちらかは、分からない。



 でもきっと、もし隣に貴方がいて、一緒に向こう側へ飛んでくれるなら。

 私は幸せになるだろう。喜んで飛ぶだろう。

 だからどうか。叶わないけれど。叶ってほしくもないけれど。

 ウル。

 貴方と共に死にたい。

 心中してしまいたい。

 それでも貴方は生きている。これからも生きていく。それがなぜか、寂しい。



 ごめん。やっぱり私は、おかしいんだと思う。

 どうか忘れて。

 さようなら

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