III.

 ――読み終えて、僕はその手紙を再び二つに折り、封筒へと戻した。


「ジュリアは、これを読んだ?」


 彼は煙草を灰皿に入れ、一瞬、目を閉じた。しかしすぐに眼を開き、僕だけを真っ直ぐに見た。


「昨日の夜、読んだ。彼女に頼まれて」


 彼の頬を殴りつける。二、三歩後方に吹き飛ばされ、彼は脚を取られてロッカーへ激突した。

 その際、テーブルを蹴ってしまい、灰皿が何処かへと放り出される。灰と吸い殻とが宙を舞い、静けさの支配する部屋には灰皿の落ちる甲高い音が響き渡る。


「なら君は、こうなることが分かっていたはずだ」


 絶対的な根拠にはならないとはいえ。何かただ事ではないのだと、読めば分かるはずだ。せめて僕に連絡をするくらいは出来たはずだ。


「そりゃあね、少なからず悪い予感はしてたさ。でも、知ってどうなる」


「どうするもこうするも、僕に――」


「お前に言ってどうなる? 俺はこれ以上、ウルに傷ついてほしくないんだ!」


 これ以上、という言葉を復唱し、その不自然さに疑問符が浮かんだ。だが彼は、僕のそんな顔に気づいたのか、矢継ぎ早に言葉を連ねる。


「分かるだろ、ノラは永く生きられる人じゃなかったんだ。原因は精神的か肉体的か、どちらにせよ治るものじゃない」


 だから、早めに離別できて良かっただろう? そう言われたような気がした。また殴り飛ばしたくなる衝動に襲われたが、歯を食いしばってそれをやり過ごす。

 彼を殴っても何も変わらないし、それが悪意によって発せられた言葉ではないと、よく分かっていた。


「君が隠れてやっていたのは、本当にこれだけ?」


 吸い殻と灰皿を拾い上げて、それをテーブルへと戻した。背中越しに、彼の立ち上がる音を聞き取る。ロッカーが僅かに揺れ、彼は再び椅子へ腰掛けた。


「……そうだ」


 たった三文字に、様々な思いを感じ取る。しかし今は、彼のその想いを尊重し、何も聞かないこととする。


「零れた灰、掃除しておいてね」


 扉を開き、去ろうとしたが、彼は小さく笑った。


「生まれて初めて、殴られたな……」


 その独り言に、突発的な罪悪感がこみ上げる。先刻、彼の頬にぶつけた感触、その痛みはまだ掌に残っている。

 それを見つめて、僕は背を向けたまま言う。


「一つ、教えてあげるよ。殴るとね、殴った側も結構痛いんだ」


 そのまま振り返らず、僕は来た道をもう一度引き返すことにした。

 彼が本当に、手紙以外の事を知らないのなら。正確には、手紙に関する事以外に関与していないなら。



 残された手がかりは一つしか無い。引き金を引いたものは一人しかいない。

 家路アパルトメントへと、走り出す。

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