VI.
「私、まだ眠いんだけど……」
目をこするマナを無理やり引っ張りながら、僕はマンションの方へと歩いていた。たぶん、もう起きているだろう。
何となくだけれど、彼女も僕と同じ、いつも早起きしてしまう質なのだと予想している。
「ほら、見えてきたよ」
マンションの方を指差して、笑みを浮かべ――そして、顔から色が失われた。
マンションの前では、人々が群がっていた。円を囲んで何かを見下ろしている。大した数ではないが、芸能人でも来たかのような光景だ。
何があったのか、と野次馬を避けて、その中心へ歩み寄る。後ろでマナが、
「やめておきなよ」
と引き留めようとしたが、僕はなぜか、それを見なくてはいけないのだと、心の何処かでそう確信していた。
考えうる限り、最悪の光景を、どうにか払拭したかったのだ。
でも、それは叶わない。
シェイクスピア曰く、「どん底だなどと行っていられる間は、本当の底には立っていない」。
僕は今、暗闇の中へ落ちているつもりなど更々なかった。むしろ、より良い未来へ、ようやく歯車が噛み合ってきたのだと、天にも昇る思いだった。
だからこその、報いなのか。
「どうして」
それは手足を乱雑に広げ、血溜まりの中に横たわっていた。
「どうして」
水風船が地面で跳ねたときのように、血はあちこちに向かって大きく伸びていた。
それは、蝶が羽を開いた瞬間のような。
「赤い日傘」が、灰色の街で花開いたときのような。
「何でだよ、ノラ」
六日目の朝、午前九時の少し前。
ノラは、自身のマンションの屋上から身を投げた後だった。
Chapter 5 - END.
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