IV.

 マナはお昼にパスタを頼んだと言うのに、三時になるとおやつも注文しようとした。

 スイーツを吟味する彼女の向かい側で、ノラは煙草とコーヒーとチョコレートのみを口にしている。やはり、ご飯を注文しようとしない。


「ねえノラ、どれが良いと思う?」


 メニューを差し出し、マナは微笑みかける。見かけだけなら可愛らしいから、あいつは憎たらしい。

 伏し目がちなノラとは違い、とにかく真っ直ぐものをみて、休む間もなく喋り続ける。


「私、こういうの分からない」


「え、甘党なんじゃないの」


「貴方のお兄さんにも言われたけど、どうして?」


「いや……だって、砂糖をたくさん入れるから」


 僕と同じ勘違いをしている。こういうところだけは、兄妹なのだろう。


「甘党じゃない。どうせなら裏メニューでも頼んだら」


「えっ、何それ」


 裏、という単語からか、マナは反射的にメニューを裏返して文字を追い始めた。しかしそこにはドリンクメニューがあるだけだ。ノラは右手をちょんと挙げて、僕らの方を見る。

 ジュリアが注文を受け取り、そしてにやりと笑う。すぐさまカウンターへと戻り、店長に親指を突き立てた。


「店長特製・唐揚げおにぎり一つ!」


 そういえば、いつだったかな、ノラにそのことを教えた気がする。ジュリアが絡みに行った時だから、出会って二日目か。よく覚えていたな。

 向こう側では、唐揚げおにぎり、という聞き慣れない響きにそわそわする少女が一人。マナは裏メニューとか、常連専用とか、そういうものが好きそうだ。


「唐揚げおにぎりかー。楽しみだなあ」


「美味しそうだね」


「ノラは……何か、頼まない?」


「私は、いい。コーヒーだけで」


 上品にブレンドを啜る彼女の所作に、マナは目を伏せた。


「そう。分かった」


 抑揚のない声色が、ノラそっくりに思えた。



 その時の僕は、年に一度あるかないか、という程稀な裏メニュー、店長のみに許される調理に夢中になっていた。

 とはいえ、この唐揚げおにぎり、工程そのものは「唐揚げをおにぎりで包むだけ」なのだ。つまり、昆布おにぎりや鮭おにぎりと何ら変わらない。



 だが不思議な事に、誰にでも作れそうなこのメニュー、僕やジュリアでは再現ができなかった。そもそも唐揚げとご飯を同時に味わうなんて、あまりしないからだ。あるとしても、唐揚げを口に含み、あとからご飯を頬張るくらいだ。

 つまり、ただご飯に唐揚げを入れただけでは、唐揚げが主張し過ぎてしまい、味が成立しないのだ。



 唐揚げは冷凍のもの。ご飯もごく普通の一般的な銘柄。なのに、店長が作ると美味しいのだ。ジュリア曰く、


「握り方に秘密がある」


 との見解を述べていたが、僕も同意見だ。流れるような所作に、何かが隠されているのだ。僕らは業務そっちのけでそれを観察していたのだが、その視線に気づいたのだろう、


「普通に握っているだけだよ」


 と店長に諌められた。その普通が知りたいのに、と僕らは悔しがった。

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