VII.

 彼女の遺した、手紙の結末。何度も読んだせいか、一字一句違わず復唱できる。

 その言葉たちを無意識に呟いていた。その自身の声で、意識を取り戻す。


 身体を起こすと、地面は赤々とした血でいっぱいになっていた。自身のものと、そして隣に横たわる少女のものが混ざりあっている。



 乱雑に開かれた唇が、ひしゃげた手足が、正しく無事に死を迎えられたのだと教えてくれる。ごめんね、今すぐ一緒に行くことは叶わなかった。でも、必ず追いつくよ。



 最期の顔は見えないほうが本望だろう。

 彼女のはだけた前髪をそのままにして、ゆっくり立ち上がる。これで、残機が一、減ったわけだ。

 生き返るとはいえ、やはり死ぬと節々がやたらと痛い。それに血も服にべっとりと付いている。この服、気に入っていたのにな。



 そろそろ、学生が通りかかるかもしれない。早めに退散しなくてはならない。

 雪の上に、血がぽつぽつと零れ落ちる。じわり、と広がり、黒と赤の境目のような色が残る。



 ノラ、これが僕の血の色だ。君にはどう映るだろう。綺麗に見えるだろうか。

 手紙の続き、その裏側に書かれた短い文と、彼女の付けた血痕に対する回答がこれだ。

 ノラ、君は雪を好んでいるだろうか。君の見る景色を、僕も見たかった。

 もう一度会えるなら、沢山話したい事がある。



 でも僕は、君の肉を少し食べてしまったから。悔しいことに、今すぐ死ぬことが叶わない。

 しかし、母のように一人寂しく死ぬ勇気はない。それには、閉鎖的な衝動が必要になる。



 僕は今、君に会うまでに出来ることを知った。誰かが生と死の境を踏み出すための後押しが出来る。僕はそれを「ノラ」と呼んで、何度も繰り返し、君と心中をしようと思う。



 その果てで、いつか必ず死ねる時が来る。だから僕は、空を飛んで、地面に堕ちて、目覚めるたびに願うだろう。


「明日になったら逢えるのかな」


 明日になったら死ねるのかな、と。

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