エピローグ

人の時代にあって

 私の故郷、山梨県K村には死病がございました。私がこのように各地放浪の旅に出たのも、すべてはこの死病にこそ始まりがございます。


 今はただ大地震に山が崩れ獣が出たと伝わる事件でございましたが、その実はこのような神と人との戦いがあったのでございます。むろん、すべては土の底に埋まってしまいました。信じるも信じないも、すべてはあなたのお考え一つでございます。

 いずれにしても、あの時代には様々の旧習が消え去り、また様々の風習が新たに創造された時代でございました。人々は新しい世界と時代を生きるために、あらゆる意味で神や仏をうちはらっておりました。たしかに汽車の煙は人々の生活を塗り替えて走ったのでございます。

 しかし鉄道の煙に塗り替えられた世界は、決してめしいを解かれたわけではございません。それは紅播牙クウルパングアが山の色を塗り替えたことと何一つ変わることはございません。かの村において、村人たちは自然への不要のおそれと無知から悪魔サタンを神と呼んでおりました。果たして今も科学への不要のおそれと無知が思わぬ神を生み出していないと言えましょうか。

 私がこうして放浪いたしますのも、それは馬渕と同じ理由からかもしれません。私も不要の畏れを捨て、無知に抗って、この世界の本当の神の姿を求めているのやもしれません。世界の各地には奇怪極まる事件に遭遇した者が多くいることでございましょう。それらの証は御岳山と同じく闇に葬られておりましょうが、そうした風聞ふうぶんを集めれば、いずれ本当の神にまみえることもあろうと信じているのでございます。


 そうそう、その後のことを少しだけお話いたしましょう。

 先生はその後、喜一郎を伴って東京に戻りました。喜一郎は文字通り先生の右腕として研究に携わることとなったそうでございます。探してみれば、高倉先生と萩野喜一郎、両人による論文も見いだすことができましょう。

 無論私も東京に戻るよう声をかけられましたが、私にはまだなすべきことがございますと断り申し上げました。怪我の快癒かいゆしたのち、私は梅子を伴って、この体に受け継がれているやも知れぬ蛇人間の血の真相と、まことの神の姿を求めて放浪しているのでございます。


 これにて私の話は終わりでございます。また随分と奇妙なお話をしてしまいました。それでは梅子を部屋に待たせておりますので、私はこのあたりで失礼させていただきます。どうぞ良い夜をお過ごし下さい。

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秋の足音 早瀬 コウ @Kou_Hayase

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