五 紅を播く牙
招かれて上がってみると、喜一郎はほんのわずかにやつれておりました。しかしかの奇病というには程遠く、座って自らの手で
「
喜一郎はそう断ると、にわかには信じがたい話をはじめました。しかしその口ぶりはあまりにも確信に満ちておりまして、まさしく自らの目でこれを見たという自信が感じられました。
「先ほどのお話の通りなら、すでにみなさま病を運ぶのが狼の神であるということはご了解いただけているものと存じ上げます。そして現に僕が見たものも、狼の神でございました。それはこの部屋ほどの大きさの首を持つそれはそれは大きな狼でございます。口はただの狼よりも一層深く裂け、そこには無数の鋭い牙が生え揃っておりました。瞳は青く、肌はただれたような赤黒で、見るも恐ろしい姿をしておりました。
なぜ僕がかくも
それが僕の部屋に現れたとき、僕はすぐに死を覚悟いたしました。たちどころに力の、いえ筋肉と脂肪の失われていくのを感じ、これぞ奇病の原因と思い知ったのでございます。さらにはかの神を直視した僕の頭には不思議と一つの言葉、すなわち
僕は間違いなく死する定めにおかれました。それでもなおこうして先生方にお伝えできますのは、これは蛇神の守りがあってこそなのでございます。僕がいよいよ立ち上がることも声も出すこともできずにただ死をのみ待っていたそのとき、僕の体の底から二つの赤い目が輝くのを感じました。それは何時ぞやにお話しました白蛇の赤い目に違いありません。
その二つの赤い目がぎらりと
僕はそのとき一つの幻覚を見ました。何か大きな石積みの山にかの
バス・タグィリ・クウルパングア・ノス・ダアルグエア・エダビサス
その喉をすり合わせたような奇妙な声を聞いた
この幻想から目覚めたとき、僕の前にはただ真っ暗な部屋だけが残っておりました。まるで全てが夢だったのではないかと思いましたが、手足はたしかにわずかに細くなっていたのでございます。おそらくはこれは現のことに違いないと確信したときに、母が現れ、追って先生方が現れた次第でございます」
喜一郎の話をすべてそのまま信じるわけにはとても参りませんでした。しかし今の私たちにはそれを信じるほかに術はないように思われました。全員が顔を見合わせて態度を決めあぐねていたときに、はじめに口を開いたのは馬渕さんでございました。
「そろそろ私も諸氏に我が理論をお話しすべきときかと存知あげる」
馬渕さんはもったいぶって
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