五 神の時代、人の時代
風の巻くごうごうという音が
「馬渕さん、これにて神の時代を終わらせなければなりません」
「
馬渕さんはそう言って
「私は本当にこの神を去らせるべきか、わかりません」
そのとき私には様々の考えが去来しておりました。病を
不安はそれだけにとどまりません。今や私はこの神との関わりの中にこそ自らの本当の出自を感じておりました。私はまだこの神について知らなければならぬことも多く、私が果たして何者なのかを知るために、この神との関わりは必要なものではないかと感じていたのであります。
それを聞いた馬渕は次のように申しました。
「ただこれに尽きる。神を信じるなかれ。人をこそ信じよ」
馬渕は力強い目で私を見上げ、一つ深々と頷いてみせました。何者にも
「
再び強い風が渦を巻きました。
この大地から一つの神を消し去ろうというのです。あらゆる天変地異は覚悟しておりました。大揺れに岩から転げ落ちた私を馬渕が受け止め、私たちは二人で地に這いつくばって揺れを
「山が崩れる! 互いの幸運を祈らん!」
馬渕のその叫び声を最後に、馬渕と私は御岳山の崩壊の中に飲まれてしまいました。私の体は岩と木々とに好き勝手に打ち付けられ、脚腕はたちまちあらぬ方向に曲がってゆきました。
せっかくあの恐ろしい夜を生き延びた命、失ってはたまるものかと、私は最後に残された左の腕で一つの幹をつかみました。その体に次々に岩と土との雪崩が打ち付けられ、私は大きな木を背にしてそのまま意識を失ってしまいました。
後で聞いた話でございますが、このとき御岳山がまるで地に飲まれるかのように崩壊したそうでございます。そこにあった白蛇の祠、神の足跡ともども奇怪な神々の歴史は瞬く間に、すべて地の底に飲まれて消えてしまったのでございます。
私が目を覚ましたときには、私の全身は包帯に巻かれておりました。見上げればすっかり見慣れた宿舎の天井でありました。すぐに私に気づいた喜一郎が体の節々を痛めるような大きな声を出しました。
「先生! 目を覚ましました!」
「喜一郎、静かにしてくれないか、体が痛む。それより馬渕さんは…」
「あの人なら早々にどこかに発たれました。同じところにいたとは思えぬほど無傷でございましたよ」
「やはり奴は天狗か」
私は冗談でそう申しましたが、次に会うことがあれば必ず真実を聞き出してやろうと決心いたしました。ことの次第を最後まで見届けて、しかも無傷でふいと消え去ったあの男こそ、私よりよほど人ならざる者ではありますまいか。私に伝わる蛇人間の血と合わせて、こればかりが最後に残った謎となりました。
ともあれすべての怪異は去ったのであります。それから数ヶ月の間、私は梅子とともに療養の日々を送ることとなったのでありました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます