四 遠吠の主は
しかし病は、いえ
その日の夜のことです。私は梅子がしっかりと息をして眠っているのを確かめて、壁にもたれました。まだまだ梅子の難局が全て過ぎ去ったとはいえません。私は内心で、梅子のために調査日程の終わった後もこの地に止まろうかと考えながら、疲れに重い瞼と戦っておりました。
私の意識も途切れ途切れになってしまっていたところに、それは轟きました。村じゅうを丸ごと喉で包んで大地を揺らして鳴らしたかのような轟音でございます。その恐ろしい音は頭の中にまで入って脳を揺さぶり、天地が裏返ったと錯覚するほどに私を動転させました。現に家の柱は軋み、ふすまはガタガタと震えておりました。私ははじめ大地震が起きたのかと思い、とっさに梅子に覆いかぶさって彼女を守ろうとしたほどでございます。
梅子を抱えるようにしてじっとしていると、ようやく音は止み、また夜の静けさが戻ってまいりました。すると息を吐くだけのかすれた声で、梅子が私に訴えます。
「
私はそう言われて初めて、これが地震ではないことに気づきました。この村のどこかにかの神が現れたのでございます。そのとき私はすぐに最もあってはならない事態に思い至ります。先生が
わたしは梅子とその母君に断って、村の様子を見るために行灯に火を入れました。向かう先はもちろん先生のいる宿所でございました。暗い夜道に出ると、辺りの家々に明かりが灯っているのがわかりました。いくらかの互いの無事を尋ねあう声も聞かれました。村の誰もが、本当には何が起こったのか理解していないようでありました。
その中でただひとつ、私たちの宿所だけは明かりが灯っておりませんでした。私はただ先生の無事ばかりを祈って扉をはねのけ、先生の部屋に急ぎました。廊下を抜け、ふすまをざっと打ち開いた先生の部屋には、しかし人影のひとつもございませんでした。しかしたしかに布団を開いて出た跡があり、まだ布団はかすかに暖こうございました。
相手は狼と言われた
しかしそうと断じるにはまだ行くべきところがございました。もし先生が私と同じように誰かの身を案じてここを飛び出したのだとしたら、それはおそらく喜一郎でありましょう。梅子の家からはおぼろげに南としかわからなかった吠え声も、ここからならば他の郷ではないかとわかったのかもしれません。
私はすぐに喜一郎の家に向かうことにいたしました。それでも先生がいなければ、いよいよこの病の解決は私の双肩にかかっておるのだと自らに言い聞かせておりました。それは大変に心細い夜道でございました。
喜一郎の家にも、やはり明かりが灯っておりました。どうやら彼は無事なのでございましょう。私はようやくこの恐るべき吠え声について、また先生のいなくなった不安を語らうべき相手を見出した気がして、内心すがる気持ちでその扉を叩きました。
「かくも遅くては高倉先生の助手は務まりますまい」
ガラリと扉を開けるなりそう言い放ったのは、あの憎き馬渕さんでございました。私よりも頭二つは上から見下ろす力強い視線と合わせて、その威圧するような声に私はひっと声をあげて半歩は後退ってしまいました。そこに奥の間から、大変に聞き慣れた、そのときには最も聞きたかった声を聞いたのでございます。
「まあ馬渕さん、そうおっしゃらず。彼は最良の助手でございますよ。これ、こちらに来なさい。喜一郎くんが興味深い話を持っているようだ」
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