二 白蛇の祠

 それで私は馬渕さんと二人、明け方の御岳山に向かったのでありました。馬渕さんはさすがの威丈高いたけだかで、道中からして私を先に進ませて足元を照らさせる粗暴そぼうぶりでございました。まったくいかなる理由から私がこの不遜ふそんなる旧時代的なお方とただ二人で神暴かみあばきの罪を犯さねばならぬのでありましょう。


 さて白蛇の祠と先生方が呼んでおりました場所は、小さな洞窟どうくつにたださくの囲いと小さな拝殿があるばかりの場所でございました。よもやこのうえ洞窟どうくつにも先に入れとお命じになるのかと、恐る恐る馬渕さんの方をかえりみれば、ただひとつあごをくいっと動かしてみせるのであります。


「馬渕さん、ここから先こそあなたの領分ではございませんか」

「何を申すか。私は洞窟どうくつの専門家ではござらん」


洞窟どうくつと申しているのではございません、神のおわすほこらと申しておるのです」

「なればこそ、道中で私が足を滑らせ死ぬわけには参りますまい」


「よもやおそれれているのではありませんか」

「それは君の方であろう。早よう進まれよ」


 この調子でございます。私は心の中にてこの男をただ「馬渕」と呼ぶことにいたしました。押し問答はいよいよらちがあかず、私は観念して行燈あんどんを握る手の汗を一度服のすそぬぐい、柵を踏み越えたのでありました。

 ようやく白みはじめた空と別れて、私たちはまた暗闇へと歩み入ります。まるで岩のごとく硬い壁に片手をつきながら、足元をよく見てひとつまたひとつと進みました。洞窟どうくつの空気は大変にんでおりましたが、私はただ自らのなそうとする罪の前に息を詰まらせ、汗をしたたらせるばかりでございました。

 といいますのも、洞窟どうくつとはまさに異境いきょうでございます。私たちの足が砂をる音が四方に響き、自らの心臓の鼓動こどうが耳元で太鼓を打つようにうなるのであります。洞窟どうくつが一つ折れ、二つ折れてしまえば、もはや入口の白い光はどこかへ消え、私たちはまるで中空ちゅうくう彷徨さまようように前後も左右もわからない中をただただ行燈あんどんの小さな火を頼りに進むほかないのでございます。


 いったいどれほどの距離を進んだのでありましょう。私たちの頭を押さえつけていた低い天井が急に上に広く穿うがたれ、眼前にはただ石櫃せきひつたたずむ部屋についにたどり着きました。


「暗い!」


 着くなり馬渕はそう言い放ち、その不敬なる声は空洞全てに響き渡りました。あまりに大きな声に危うく私は驚いて行燈あんどんを落としてしまうところでございました。


「当たり前でございましょう! 大きな声を出さないでください! それよりようやく馬渕さんの領分でございますから、ほら、お願い申し上げます」

「君もずいぶん声が大きいではないか」


 馬渕の野郎は始終この調子でございます。しかしふんと一つ息をすると、ようやく私の前に出て石櫃せきひつに手をあてました。しばらく薄明かりに検分けんぶんをして再びふんと鼻を鳴らしたかと思えば、足元にあった拳よりも大きな石を軽々と持ち上げ、石櫃せきひつに叩き落としたではありませんか。


「何をしているのです!」

「声が大きい!」


 私よりも大きな声が洞窟全体に響きました。


「な、なにをしているのです…」

石棺せっかんを叩き割っておるのだ。見てわからぬか」

「だからそれを何のためにやっているのかと問うているのです」

「中を見ねばこれが何かわからぬだろう」

「あなたには神へのおそれとか敬意とかそういったものはないのですか」

「ない」


 そう言うと再び石を振り上げて叩きつけます。いよいよその石のふたはガラリと音を立てて崩れます。


「呪われても私は知りませんよ」

「すでにこの村は呪われておるではないか」


 石のふたの割れ目に今度は乱雑に棒をねじ込み、梃子てこにしてわずかに持ち上げると、それを今度は自分が跳ね飛んでえいと石のふたを弾き飛ばしました。驚くほどあっけなく、重厚な石櫃せきひつの蓋はガラリと崩れ落ちてしまいました。馬渕は私の持っていた行燈あんどんを取り上げると、それをそっと石櫃せきひつの中にかかげます。


「して若人わこうどよ。この骨をしていずれの動物なるかを断ずるは君の仕事である」


 そう呼びかけられ、我関せずと控えていた私もいよいよその石櫃せきひつを覗き込むことにいたしました。果たしてそこにあったのは、人の頭蓋ほどの大きさのある、蛇の骸骨がいこつでございました。

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