第4章 古の真実

一 悪魔は眠る

 馬渕さんが取り出したのはなんのことはない、この村の見取り図でありました。中央に御岳山があり、それを囲むように五つの集落が立ち並んでおります。馬渕さんは例の不必要なまでに古風な物言いで説明を始めました。今はそれを当世風に言い直してお伝えさせていただきます。

 馬渕さんのおっしゃるには、この地には悪魔サタンの契約が眠っているとのことでございました。私はまだこの人の話しを真面目に聞く気にはなれませんでしたので、その信用に足らない話をはじめはほとんど聞き流しておりました。しかし聞くにつけその説はあまりに事実と結びついており、私は次第にその話に引き込まれてしまいました。


 村には五つの集落がございました。その要を互いに結べば、南を天辺とする五芒星が描かれます。馬渕さん曰く、これは晴明紋せいめいもんとも呼ばれる守りの護符ではないかというのです。実際近畿には修験道しゅげんどうの本山たる熊野、神道の要たる伊勢、伊奘諾いざなぎなどを結んだ南天辺の五芒星が描かれているとのことでございます。

 しかし村の五つの集落は、陰陽五行おんみょうごぎょうならって病み村が毎年定まっておりました。これは通常の吉方とは鏡写しに運ぶため、二年おきに反時計回りに回るというものでございました。この逆転をして、馬渕さんはこれを逆五芒星ではないかと申すのです。むろん、それが何を意味するのかなど、いち解剖学者である私にわかるわけがございません。

 しかし留学の経験をお持ちだった先生はすぐに悪魔サタンとこぼしました。西洋では逆五芒星は悪魔サタンの象徴として用いられているというではありませんか。言われてみれば紅播牙クウルパングアなる存在はなるほど悪魔サタンに違いありません。よもやこの村そのものが、悪魔サタンとの契約に使われていたとは誰が想像できたでしょうか。


「しかしそれでは、いったい誰がそのような恐ろしい契約の儀式を…」


 私は自分で口を開いておいて、言い終わるまでにその答えに気づいてしまいました。言わずとも全員が理解したことを、喜一郎はわざわざ音にしたのでありました。


「手足のある白蛇でございましょう。僕の見た幻覚がもし意味のあるものであるなら」


 そこまで話し合うと、私たちは何か邪教の密会を行っているような心地になってまいりました。いったい私たちはいかなるものが実在すると信じて話してしまっているのでございましょう。私たちの信じていた世界とは、すっかりかけ離れたものを論じてはおりませんでしょうか。ともすれば、私たちは狂ってしまっているのかもしれないなどと、一抹の不安がよぎったときに、やはり先生が冷静なる意見を述べてくださいました。


「馬渕さん。今はそれを仮説といたしましょう。科学とは畢竟ひっきょう手段にすぎませぬ。いかなる仮説であろうとも科学の方法にて正しさを示せば、これは科学的と呼ばれてしかるべきでございます」


 先生はそこまでを一息にいうと、私たちの顔を一人ずつ測るように見て、言葉をお続けになりました。


「つきましては、検討すべき課題が二つございます。まずはなぜ喜一郎くんのみが蛇に守られたのかということを明かさねばなりません。次に手足のある蛇なるものが実在したのでしたら、その墓があるに違いありません。おそらくは…」


「白蛇の祠」


 私が感心のあまり先にこぼすと、先生は左様さようと言って少しだけ微笑まれました。先生はその墓を発掘し、骨格からその手足のある蛇、いや蛇人間が実在のものか否かを確かめようというのでした。


「喜一郎くんは療養を。私は確かめたいことがありますので宿所に戻ります。馬渕さんは申し訳ありませんが私の助手を伴って今一度『白蛇のほこら』へ赴いてはいただけませんか」


「私がですか!?」


 思わずそう申したのを覚えております。ただでさえ世の理に反することが相次いでいるというのに、ましてや得体の知れぬ偉丈夫とともに神のほこらを暴きに行くなどということがどうして許容できましょう。しかし私に断る権利はございませんでした。それから五分と待つことなく、前代未聞の冒涜ぼうとく的な科学調査が幕を開けたのであります。

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