第16章 悪党をぶちのめすのはやっぱり主役の役目だろう

「な、舐めやがってぇ」

 如月は鬼のような形相で睨む。あのすみ切っていた瞳は憎悪で濁っていた。


「貴様、俺の腕を知っているのか? はっきりいって五月よりも上だよ。ガキのころから五月以上に苦しい稽古に耐えてきたからな。人望だってあるさ。俺について来るやつがこれだけいるんだ。だが先代は実の娘である五月を後継者にした。俺はそれが許せなかったのさ。わかるか、俺の気持ちが?」

「俺はよく知らないが、おまえが後継者から外れたわけはほかにあるような気がするぜ。たとえばそのゆがんだ性格とかな。人望だってあるのは悪党のだけだろ?」

「貴様、……殺してやる」


 本気の殺気がびんびん伝わってきた。俺を切る気だ。

 敵は真剣、こっちは木刀。しかもあっちは剣術の専門家。だが負ける気はしなかった。

 五月のときと違って俺も本気だ。

 如月は中段に構えた剣を下段に直す。


「きえええええ」

 如月は気合とともに、下から剣を振り上げた。


 俺は木刀で受けず、一歩下がるとぎりぎりで剣先をかわす。

 如月の剣はそのまま上に跳ね上がるが、やつはその勢いを利用してバク転した。


 裏風車?


 俺は反射的に真上に跳んだ。

 如月は着地と同時に、回転の勢いを乗せた鋭い突きを入れるが、その場所に俺はすでにいない。


 おまえの頭上だ。


 俺を見失ったことに対する動揺が上からはっきりと見てとれる。

 この技の弱点は相手の姿を一瞬見失うことだ。

 如月がようやく俺の位置に気づいて顔を上げたときにはもう遅い。

 俺は落下しながら、剣をふり下ろす。

 如月の受けは間に合わず、まともに眉間に入った。


「その技は一度見た。奇襲には最適の技だが、知っていればつけいる隙はある。五月が俺にどんな技を使ったか、きちんと見とどけなかったのがおまえの敗因だ」

 如月は額から血を吹き出し、ゆらりと揺れたかと思うと刀を地面に落とした。


「そ、そうか、おまえたちがあの……、ふっ、そうか日本に来ていたのか……」

「なに?」


 おまえたちがあの……? なにをいいたいんだおまえは? 俺たちのことを知ってるとでもいうのか?


「おまえ、何者だ? まさか、『神の会』?」


 俺の声はおそらく聞こえなかったろう。如月はそのまま倒れた。

 当てる瞬間、少し手加減したから死んではいないはずだ。たぶん。

 こいつからは聞き出さなくてはならないことがある。だが体を揺すってもうんともすんともいわない。とりあえず脈はあるから死んでないのは間違いないが、今聞き出すのは無理だ。時間をおかないと。


 俺はあきらめて、まわりを見ると、とんでもないことになっている。

 ぶった切られた樹の下敷きになっているやつ。

 レーザーで全裸に向かれて身動きできないやつ。

 哀れに腰を抜かしたやつ。

 土下座して命乞いをしているやつ。

 たった今、レーザーから必死の形相で逃げまわっているやつもいる。

 まあ、二度と如月に加担しようとは誰も思わないだろう。


「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

 そんな中でサルは鬼のように笑っていた。もう制服の前が切れて、胸がはだけていることなんか欠片も気にしている様子はない。俺はこいつは今までやりたいことをやり放題やってきたと思っていたが、それは誤解だった。あれでも王女としてすこしは遠慮していたようだ。リミッターを外せばこうなるらしい。


「おい、サル、帰るぞ。もうじゅうぶん気がすんだだろう?」

「もうちょっと。もうちょっとだけ、ね?」

 サルは子供のように駄々をこねた。


 俺はあきれながらも、倒れている神無のロープを切り、お姫様だっこしてやった。次に五月のところに行くと、五月は上半身を起こし、口をあんぐり開けながら、サルのはしゃぎっぷりを眺めていた。


「意識を取り戻していたのか?」

 五月は無言で肯く。


「いったいどのへんから?」

 五月はそれには答えずに、聞く。


「おまえらいったい何者だ?」

「う~ん、なんといったらいいか。まあ、とりあえず秘密ってことにしといてくれ。いずれ話すよ。もしできることなら気を失っていて、なにも見なかったことにしておいてくれると助かるんだが」


 まあ、とうぜん納得はしていないだろうが、五月はそれ以上突っ込んでこなかった。

 それどころか人形のように固まった顔と殺し屋のような目つきが、崩れた。

 安堵と、重圧から抜け出せたことで泣き出しそうな表情が混じり合ったような顔。ある意味五月がはじめて俺に見せた普通の女の子らしい顔ともいえる。

 五月はまるでその顔を見られたことを恥とするかのように、つんと横を向くと小声でいった。


「ありがとうよ……秘密は守る」

 五月はそのまま目を合わせなかった。


「ああ、すっきりした」


 しばらくしてサルが笑顔を浮かべ、スマホをしまった。ようやく気がすんだらしい。

 パトカーのサイレンが聞こえた。

 俺たちはさっさと神社から逃げ出した。ぼやぼやして警察に捕まると面倒なことになる。

 階段をかけ下りるとき、そこには壊滅状態に追いこまれた暴走族の連中が転がっていた。

 さいわい死人はいなさそうだ。

 俺たちが現場を立ち去るのと、パトカーが神社の階段前に横付けしたのは、ほぼ同時だった。

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