第4章 東京はエキサイティングに決まっている

「俺たちも逃げるぞ」

 俺はサルを促すと、重いスーツケースを抱えた状態で全力疾走した。まあ、楽とはいえないが、その程度の訓練は積んできている。


 どこをどう走ったのか、自分でもよくわからないが、警官がいなくなったことを確認してようやく一息ついた。どうやら警官はゴリラ忍者か五月のほうを追ったらしい。まあ、武器を持っているやつを追うのが警官としては当然だろう。

 サルはなんにも持っていないくせに、俺以上に息を切らしている。


「ぜいぜいぜい。や、やっぱり東京はエキサイティングだよ」


 まったくだ。忍者とスケバンが戦う街なんて世界中でもここだけに違いない。

 それにしてもあの五月とかいう女、ただものじゃない。

 格闘技オタクで、じっさい自分自身いろいろな武道や格闘技を経験してきた俺にはよくわかる。

 五月の剣技は剣道のそれとはすこし違った。あのゴリラも水無月流とかいっていたから、おそらくサルがいうように古流の技なんだろう。

 まるで瞬間移動のような足裁きに、目にも止まらない二段突き。


 もし俺が戦えば勝てるだろうか?

 わからなかった。相手がどういう技を使うかわからないときは非常に危険だ。五月の技は見当がつかない。まあ、敵になることはないだろうから、そう真剣に考える必要もないが。


 それよりも問題はあの忍者集団だ。おそらく五月とは流派の異なる古流剣術なのだろう。

 サルを守るためとはいえ、ひとりぶっ飛ばした以上、俺を眼の敵にするかもしれない。サルの制服で学校は丸わかりだ。


 ち、面倒だな。

 来日そうそう敵を作るなんて間抜けすぎた。


「うわああああああ」

 俺が考えごとをしていると、いきなりサルが叫んだ。


「な、なんだ、警察か? それともゴリラか?」

「違うって、ほら前を見てよ。ぜんぜん気づかなかったよ」


 いわれたとおり前を見たが、いったいなんだっていうんだ? 俺にはさっぱりわからなかった。


「なによ。わかんないの? ほら、目の前に本屋さんがあんのよ。それも見たことがないくらいでっかいのが」

 本屋? ああ、たしかにあるさ、でっかいのが。だからそれが……。

「それがどうした?」


「どうしたもこうしたもないでしょ? 入んのよ、ここに。さあってぇ、買いあさるぞ」

 そう叫ぶと、後ろをふり返ることなく飛びこもうとする。


「ま、待て」

 俺はサルの手をつかんだ。このまま入られればどうせ山のように本を買いあさって俺の荷物が増えるのは間違いない。

 なにしろサルは、日本のマンガやミステリーやライトノベル、それにゲームやアニメが死ぬほど好きだ。こいつがここまでの日本大好き病になった原因は、それしか思いあたらない。

 小さいころから日本語を含む数カ国語をたたき込まれてきたとはいえ、日本語がこれほど堪能なのは、日本のマンガや小説にどっぷりとつかりきり、アニメをくり返し見てきたからだ。俺が日本の武道を覚え、チャンバラ映画にくわしくなったのも、もとはといえばサルにそいうことをつきあわされたせいともいえる。おかげで俺まで日本語がうまくなったわけだが。


「おまえ、ついさっき変なやつらに襲われたばかりなんだぞ。きょうはやめとけ」

「まあ、しょうがないよねえ。いきなりあんな目にあっちゃってさ」

 サルはまるで人事のようにいう。

「きっとそのうちいいこともあるよ」


 にっこり笑って、俺の肩をぱんぱんと叩いた。俺があきれ返って手を離すとすかさず書店の中に飛びこんでいく。

 そして叫んだ。


「うひゃああああ。すげええ」


 きっとあまりにもたくさんの日本の小説やマンガがあるので狂喜したに違いない。

 俺はあきらめた。サルが買い込んでくる本が百冊以内であることを祈るだけだ。

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