第3章 美少女剣士は逃げ足が速い

「覚悟しろ、五月さつきぃ!」


 忍者の親玉らしいゴリラのような大男が、がらがら声でいった。五月とやらはこのスケバンの名前らしい。


「ふん、おまえら雑魚にやられるあたしだとでも思ってるのかい?」


 五月は涼しい眼で相手を見すえ、剣を斜め上段に構えると、やたら時代劇めいた台詞を吐く。

 その瞬間、さわやかな風が吹き、五月の艶のある長い髪が軽やかに波打つ。


「か、かっこよすぎぃ!」

 サルは両手を握りしめながら、ただでさえ大きな目を見開いて叫んだ。


 どうでもいいが、俺たちも一緒に取り囲まれているってことをわかってるか、サルよ?

 もっとも連中に俺たちは眼中にないらしい。こっちがさびしくなるほど無視している。

 俺たちを取り囲んでいる輪の外にはもうひとつ輪ができた。もちろん野次馬連中のことだ。やつらはあきれ顔でことの成り行きを見守っている。なかにはスマホのカメラで撮影してる能天気な若いやつもいた。


 突如、忍者もどきのやつらのふたりが動いた。それこそ本物の忍者のように味方を踏み台にして二メートルも跳躍する。


 そのふたりは左右から五月めがけて頭上から木剣をふり下ろした。


 びょお、と風を切りさく音が響く。


 五月は攻撃を剣で受けなかった。一方を受ければ、もう一方に打たれる。そう判断したんだろう。

 五月は瞬間的に二メートルほど前進し、ふたりの間をすり抜けた。


 敵が反転しながら着地したときには、五月の閃光の突きがふたりのみぞおちを貫いている。電光石火の二段突き。素人目には同時に二箇所突いたようにしか見えないはず。


 ふたり倒れ、忍者軍団は四人になった。


「ぐっ、水無月流双頭牙みなづきりゅうそうとうがか?」


 ゴリラが唸るようにいう。どうもそれが技の名前らしい。俺は日本の武道にはくわしいつもりだったが、そんな技は聞いたことすらなかった。


「すげええええ。影麻呂、水無月流だって。古流の剣法だよ。マンガにも似たような技があるよ。悪党をやっつける正義の味方の話だけど。それそっくり。あたしも剣道やってみたい!」


 感嘆の声を上げるサル。目をきらきらと輝かせ、やたらと「かっこいい」を連発する。まあ、俺もちょっとだけそう思った。


「やかましい」

 サルの騒ぎようが癇に障ったのか、忍者のひとりがサルに向かって木刀をふり下ろしやがった。


 観客に徹するつもりだったが、そうは問屋が卸してくれないらしい。

 俺は膝が顔につくくらい脚を高々と蹴り上げた。

 敵の木刀はまっぷたつになる。サルに当たる前に俺が蹴り折ったってことだ。


 信じられないといったふうに目を見開き、固まった男の顔面に正拳突きを入れる。そいつはあっけないほど簡単に吹っ飛んだ。俺は体こそ小さいが、子供のころから鍛えている。こんなやつらを倒すのはどうってこともない。

 俺の技は王国の軍隊格闘技がメインだが、個人の趣味で日本の武道も入っている。今のはむしろ空手といえるだろう。


「ひゃあああ。さすが影麻呂、かっくいいぃ!」

 サルは大喜びだ。


「ひゅう、やるね」

 俺の技を見て感心したのか、五月が驚きの声を上げる。


 見ると、もうひとりが五月の足もとに転がっていた。俺が目を離した間に倒したらしい。


「むぐう。覚えていろよ、五月」

 残ったゴリラは仲間を見すてて逃げだした。形勢不利と悟ったらしい。


「わあああああ」

 まわりから歓声と拍手の嵐。野次馬たちは忍者軍団を悪党とみなしたようだ。


「こらあ、なにをやってるんだ?」

 いきなり怒声が聞こえる。見ると、制服警官が二名、駆けよってきた。


 五月はダッシュで逃げた。

 こういうことに慣れていやがる。

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