第13章 あれ? なんかピンチなんだけど

 完全に虚を付かれた。

 死闘の真っ最中に他のことに気を取られるのは致命的だ。とくに相手が強敵の場合は。

 俺が意識をふたたび五月に向けたとき、五月のふり下ろされた剣は俺の目の前にあった。


 かわせない。


 俺が覚悟を決めた瞬間、五月の剣は止まった。

 なぜ寸止めする?


「か、神無かんな

 五月の口から漏れる。五月は俺を見ていなかった。俺の後ろを見ている。


「びえ~ん。お姉ちゃん」


 俺が声の方向にふり向くと、中学に入ったばかりくらいの女の子が泣いている。ツインテールにした可愛らしい感じの子で、着ている制服からうちの学校の中等部の生徒と思われる。どうやら五月の妹で神無という名前らしい。

 だが神無は後ろ手で縛られていた。そのロープの先を握っているのは黒い袴姿の大柄の男。顔ははっきりいってゴリラ。あの時は覆面で顔を隠していたが、体つきからして歌舞伎町で五月を襲った男に違いない。その隣には同じ格好をした手下らしき男がビデオカメラを構えている。


 俺はようやく話が見えてきた。

 つまり五月は水無月流とかの権力闘争のせいで、妹を人質に取られ俺を襲うように命令されたってことだ。素手の一般生徒を襲うところをビデオ撮影し、それをもとに五月を水無月流の伝承者から引きずり下ろそうとでもたくらんでいるんだろう。さしずめ『五月、生意気な転校生にヤキを入れる』って図だ。もちろん俺が勝てばそれはそれで五月の面子丸つぶれになり、下ろす理由になる。

 俺を生け贄に選んだ理由は、歌舞伎町で仲間をやられた仕返し、それに俺と五月が手を組むことを恐れて敵対させようとしたのだろう。邪魔者は互いに戦わせて潰し合わせろってことだ。


 五月が剣を止め、俺と話しはじめたので、人質の神無を引っぱりだして、あおろうとしたに違いない。


「おっとすまん。発破をかけるつもりが、かえって気を散らせたようだな、五月。気にせずやってくれ。妹を助けたかったらな」

 ゴリラはそういうと、神無の首筋にナイフの刃を押しあてた。


「びゃあああああん。助けてぇ、お姉ちゃん」

 五月は俺の方を向きなおした。


「そういうわけだ。悪く思うな」


 五月は凍ったような表情で目にも止まらない突きを入れてくる。かわした瞬間、二本目が飛んできた。

 たしか、歌舞伎町で見せた双頭牙とかいう二段突きだ。

 完全にはかわしきれず、学ランが切り裂かれる。


「待て、五月。俺たちが争うべきじゃない。ふたりであいつを倒そう」

 俺はゴリラを指差した。


「無理だ。おまえ、神無を殺す気か? 第一ここにいる敵はあのゴリラだけじゃない」

「なに?」


 いわれて見て、俺は初めて木陰から無数の気配を感じた。今まで殺気を放つどころか、意識的に気配を消し去っていたらしく、よほど注意しないとわからない。

 おそらく数十人はいる。

 そう思ったとき、敵は隠れることをやめたようで木陰から次々に顔を出した。みな同じような格好をした男たちで木刀を手に持っている。どいつもこいつも顔を出したとたんに刺すような殺気を発散しだした。

 そのことから判断しても、雑魚の集団ってわけでもないらしい。それなりの使い手ばかりだ。


「どうした、五月? 手加減してんじゃねえのか? 気い入れないと妹がどうなるか責任もたんぞ」

 ゴリラが五月をあおった。


「まあ待て」

 階段の方から別の声がした。そっちを見ると、たった今上がってきたらしいのは学ランを着た坊主頭の一見まじめそうな男。思った通りサルといっしょにクラブ回りをしていたはずの剣道部くん。やはり、こいつこそが反乱軍の黒幕か? 名前は……まだ覚えてねえ。


「か、影麻呂ぉ」

 情けない声を出すのは、後ろ手のままロープで腹をぐるぐる巻きに縛られたサルだ。ロープの先を剣道部の男に引っぱられ、ぴょんぴょん跳びはねながら付いていってる。


「どうせなら影麻呂にも剣を持ってもらおうぜ。互いに人質がいるどうし、遠慮なく殺し合いっていうのはどうだ?」


 剣道くんは邪悪さのかけらも感じさせないすんだ瞳のまま、しかし内容は悪党そのもののことをいった。

 それを聞くとゴリラは下品に笑った。


「そりゃいいですねぇ、如月さん。おい、誰かあいつに木刀を貸してやれ」

 男のひとりが放った木刀を俺はつかんだ。


「さあ、無制限一本勝負の始まりです。互いに人質をかけての勝負……」

 如月は楽しそうに実況中継を始めた。


「負けたほうの人質はここにいる連中に輪姦されるという特典つきです。なお人質を見すてて逃げようとしても無駄です。階段部分には武闘派で有名な暴走族『地獄の三丁目』がたむろしてますからね。そうですね、総長の黒沼さん」


 いつのまにか如月の横には白い特攻服の男が立っていた。やせこけ、知性のかけらもない顔に死んだような目をした金髪リーゼントだ。覚醒剤でもやってるんじゃないのか、こいつ?


「はっはあ。ダチの如月から女を輪姦せると聞いてやって来たぜ。さっさと勝負を始めやがれ」


 にたにたと下卑た欲望を顔にみなぎらせながら、勝手なことを抜かしやがる。それにつられてまわりの男たちが「やれ、やれ」の大合唱を始め、俺と五月の決闘をあおった。

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