第12章 秘剣? 必殺技? 勘弁してくれ

 俺がそういい終るのを待ちかまえていたかのように、五月は動いた。かけひきはない。いきなり俺のほうに向かって直進してきた。


 三メートルほどあった間合いを瞬時に詰めたといってもいい。その勢いに乗せ、木刀を斜め袈裟に切り下ろす。


 ひゅっと空気を切り裂く音が耳に入った瞬間、俺は右足を斜め前に踏み出し、それを軸にして回転した。五月の木刀はさっきまで俺がいた空間を切り裂く。真剣ならば間違いなく人間をまっぷたつにしそうな威力だ。


 俺は五月の横に並ぶと、そのまま手刀で手首を打ち、木刀をたたき落とそうとしたが、五月はその前にジャンプして前方回転したかと思うと、その勢いを利用し、一度ふり下ろした木刀を跳ね上げた。


「うわっ」

 俺は思わず声を出し、後ろに飛びのいた。


 目の前を切っ先が通り過ぎる。ほんの二、三センチの余裕しかなかった。


「な、なんだ、今のは?」

「水無月流、風車ふうしゃ

 五月は着地し、体をこちらに向けるとそういった。技の名前らしい。


 俺は本能的にやばいと思った。五月の動きがまるで読めない。俺は日本のチャンバラ映画が大好きでよく見ていたが、こんな動きは見たことがない。

 しかも五月の剣のスピードは尋常じゃない。当たる場所によっては間違いなく死ぬ。


「ま、待て」

「問答無用」


 五月は今度は下段の構えから、剣を俺の下顎めがけてふり上げた。俺がスエーでかわすと、剣はそのまま跳ね上がる。俺はその隙に前に出て剣を押さえるつもりだった。しかし俺が前に出たとき、五月の剣は五月の体の真後ろにあった。目の前にあるのは五月の足。五月は剣をふり上げるとその勢いを利用し、バク転したのだ。


 俺があっけに取られ、足を止めると、五月の長い髪は、下から俺の顔面を覆い、視界を奪う。さらに五月は着地と同時に突きを入れた。


「どわあ」

 正確にみぞおちを突いてくる剣の切っ先を、俺は必死にかわした。


「さすがだな。裏風車うらふうしゃまでかわすとは」

 五月は剣を引き、中段に構えなおすとそういった。顔には驚きの表情が浮かんでいる。


「待て、待て、待て、待て、ちょっと待てぇええええ!」

 まったく冗談じゃないぜ。こいつは本気で俺を殺す気か?


「おまえなんで俺と戦うんだ? まだ理由を聞いてないぞ」

「それはいえない」

「そもそもおまえ俺を殺す気? ひょっとして」

「それくらいの気迫で挑まないとおまえには勝てそうにない」

「ひょっとして俺を恨んでる?」

「おまえに恨みはない」


 俺は宇宙人と会話しているような気分になった。

 いったいぜんたいなんなんだこいつは?


 俺は常識外れの変人はサルで慣れているが、あいつの行動は理解できる。自分の欲望に忠実なだけだ。しかしこいつはなにを考えているのかさっぱりわからん。


「じゃ、じゃあ、ひとつだけ教えてくれ」

「なんだ?」

「歌舞伎町でおまえを襲ったやつらはなんだ? 学校の中にいるのか?」

「おまえには関係ない」

「関係ないことあるかぁあああ! そもそもおまえが俺を襲うことと関係あるんじゃないのか? 違うというなら、俺を襲う理由を説明しろ」

 俺が怒鳴りつけると、五月はしばらくの沈黙の後、口を開いた。


「あれは水無月流の身内だ。ちょっと反乱があってな。あたしを追い落として水無月流をのっとろうとする勢力がある。そいつらだ」


 その言葉がなにか引っかかった。つまり俺に敵意を向けたやつは五月と同じ水無月流の使い手。しかも謀反を起こして五月を葬り去ろうとするやつ。剣の達人のはず。

 さっきサルにまとわり付いていたやつらの中に剣道部のやつはいなかったか?

 いや、いた。坊主頭に襟のホックをかけたという生真面目を絵に描いたような優等生タイプの男。邪悪さはかけらも感じなかったが。


 ま、まさか……。

 いや、そういえばあいつは昼休みも放課後も、真っ先にサルにまとわりついてきた。それどころか……。


「おまえ、愛子ちゃんを守ってるつもりか知らんが、剣道やれば自分で自分の身を守れるようになるんだよ。こいつほっとけばトイレや風呂まで付いていきそうだぜ」

 とかなんとかいってたぞ。


 あのときはクラブ勧誘にまとわりついてくるやつらから守るって意味かと思ったが、今考えると変だ。あいつらにサルを傷つける意図があったとは思えないし、守るって言葉は適切じゃない。まるで新宿で俺がサルを守ったところを見ていたかのような台詞だ。

 いや、それだけじゃない。サルが「水無月流みたいなのも教えてるの?」と聞いたとき、こう答えたぞ。


「いや。五月さんの家じゃないから。うちではごく普通の剣道だけ」って。


 つまりあいつは五月が水無月流の使い手であることを知っている。たった今五月が、「学校では水無月流を名乗ったことはない」といったばかりなのに。

 俺の不安が確信に代わりつつある。


「おしゃべりはもういいだろう?」

 五月はそういうと、剣を上段に構えなおした。


「ま、待て、今はそれどころじゃなくなった」

 そういったとき、俺のスマホがなる。通話やメールの受信とは違う音だ。


 サルからのSOS。


 やられた。あの生真面目剣道部くんこそ、敵だ。いかにも人畜無害そうだったから気にもしていなかった。


 俺はなんて間抜けなんだ。サルが敵中に落ちた。


 俺の意識がサルに向かったとき、五月の剣はふり下ろされた。

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