第14章 本当の戦いはこれからだ
俺は心底頭にきた。
こいつらあとで全員ぶち殺してやる。
五月の目の色が変わった。俺が守りに徹していたことはわかっていたはずだが、これで俺も真剣に戦わざるを得ないことを理解したわけだ。額から汗をにじませ、射抜くような目で俺を見る。
剣をオーソドックスな中段に構え、すり足でじりじりと近づいてくる。
俺も同様に剣を中段に構えながら考えた。負けるわけにはいかないが、単純に勝てばいいというものでもない。俺が勝てば五月と神無はなぶりものになるし、そもそも俺とサルが無事に帰れる保証だってない。
だが俺の思惑と関係なく、五月は剣を振るう。受けてみてあらためてその剣の威力を知った。受けるたびに木刀が砕けそうだ。とても女の剣とは思えない。まあ、だからこそ如月のような悪党を敵にまわしたのだろうが。
死に物狂いの五月と、余計なことを考えている俺では剣の勢いが違うのか、いつの間にか俺は押されていた。しかも気づくとサルのすぐ側まで押されてきている。
これってチャンスなんじゃねえの?
俺は体勢を整えて、背をサルのほうに向ける。都合よく五月が下段から剣をふり上げる。俺はそれを受けると大げさにはね飛ばされた。もちろん計算してサルに近づいたわけだ。
俺はふり向きざまに剣を振るう。
サルの胴をぐるぐる巻きにしていたロープがはらりと落ちる。計算どおりだ。俺には木刀の切っ先を猛スピードで動かすことでロープくらいは断ち切れる。ついでにセーラー服とブラのヒモまですっぱり切れて、サルの胸がはだけた。まあ、人生何事も思い通りにはいかないもの。肌まで傷つけなかったからよしとしよう。
「ぎゃああああ。スケベ、変態」
サルはそう毒づきながら手で胸を隠した。
おいおい、手が自由になったのは俺のおかげだろうが。ちょっとやりすぎたが。
「おっとそこまでだ。五月との勝負がつく前にそれは反則だろうが」
如月がサルの前にしゃしゃり出てきた。もちろん手には木刀を持っている。
「後ろに五月が来てるぜ」
如月は薄ら笑いを浮かべていった。
わかっている。神無は捕らわれたままだ。五月は俺を倒すしかない。
ひゅん。五月が木刀をふり下ろす音が聞こえた。
俺はその音を頼りに、ふり返ると同時に五月の剣めがけて俺の剣を下からぶち当てる。
五月の剣が宙に飛んだ。
俺は拳を五月のみぞおちに叩きこむ。
「ぐあ……、神無……」
苦痛にゆがむ五月の口から漏れる言葉。
「俺にまかせろ」
五月の意識が途絶える前に俺はいった。
「ぎゃああああん。お姉ちゃんがやられたぁあ」
神無もそう叫ぶとこてんと倒れた。気を失ったらしい。
「ぎゃああああ。スケベ、変態」
サルがさっきと同じようなことをいっているが、いっている相手は俺じゃなく暴走族の黒沼とかいう男だ。サルの上にのしかかっていやがる。
俺はそばに転がっていた手ごろな大きさの石を黒沼の顔面に投げつけた。
殺された豚のような声を発すると、黒沼は沈んだ。サルはそいつにあっかんべーをしながら俺のもとにかけよってくる。
「おい、如月。勝ったほうには手を出さないんじゃないのか?」
「そんなことをいったおぼえはないなぁ。負けたほうを輪姦すといった記憶はあるがね」
如月は口元を醜くゆがめ、青筋を立てながらいった。それでも瞳はすみ切っている。
「だいいち総長の黒沼をやられて、下の『地獄の三丁目』の連中が黙ってると思うか?」
ご丁寧にも、その後階下に待機している暴走族連中に向かって叫んだ。
「おい、総長の黒沼が卑怯な手でやられたぞ。やったのは学ランの男。胸はだけてるセーラー服のやつはそいつの女だ」
下からは大勢の怒号とともにバイクをふかす爆音がうなりだす。頭を失い、怒りにかられた暴徒はなにをしでかすかわかったもんじゃない。
「さあ、神無ちゃん、約束どおりお仕置きだよぉ」
あっちのほうではゴリラが嬉しそうな顔で、気を失った神無の服を脱がそうとしている。
「それ、伝承者殿をひん剥け」
今度は周りにいた水無月流の反乱軍たちがやはり意識を失った五月にかけよろうとする。
この外道どもめが。
俺は怒りにキレそうになる。だがとっくにキレていたやつがいた。
サルだ。目つきがすでに尋常ではない。普段、丸くびっくりしたように見開いている目が、逆三角になっている。サルはポケットからスマホを取り出すと叫んだ。
「この悪党ども。これがなんだかわかる?」
「スマホ? 警察を呼ぶ気か?」
如月は一瞬あわてたが、気を取り直す。
「無駄だ。そんなものじゃ、怒り狂った『地獄の三丁目』は止められないぞ」
その言葉どおり、暴徒と化した獣どもが階段をバイクでかけ上がるや、俺たちに向かってくる。
「あいつらだ。男は殺せ。女は輪姦せ」
サルはそんな言葉を完全に無視し、スマホを操作している。
こいつがなにをしようとしているのか、わかっているのは本人を除いては俺だけだ。
「おい、殺すなよ」
俺はサルにいったが、とても聞こえているとは思えなかった。
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