第15章 ちょっとした護身用の武器

「ひゃほおおお」

「死ね、死ね、死ね、死ねぇえ」


 奇声を発しながら、いかれたバイク乗りがまずふたり、爆音とともに俺たちのほうに向かってきた。まさに俺たちを跳ね飛ばさんとしたとき、天空がきらりと光った。

 次の瞬間、走ってきたバイクの前輪がなくなった。いやもちろん消えたわけじゃない。分離したのだ。とうぜん乗っていた男たちは前のめりになって前方に吹っ飛んでいく。


 バイクの前輪はころころ転がったかと思うとまっぷたつになった。その切り口は信じられないほど鋭利。まるでチーズを包丁で切ったかのようだった。


 暴徒と化しつつあった反乱軍と暴走族は凍ったように動かなくなった。アイドリングしているバイクのエンジン音以外なにも聞こえない。しばらくは言葉を発するものがいなかった。

 人間理解を超えることが起こるとそういうものらしい。まあ、無理もない。理解できるはずがない。


「馬鹿な? 走っているバイクの前輪があんなふうに切れるわけがない」

 唖然とした表情でいったのは、如月だ。


 それが切れるんだよ。超高出力レーザー兵器を使えばな。


 数ヶ月前、王国の科学力を結集して打ち上げられた静止衛星ラピュタ。一応日本でも話題にくらいなったと思う。

 ラピュタは東京と同経度にある静止衛星。つまり、地球の自転にあわせて公転しているから、地上から見た場合、止まっているように見える。問題はその衛星が公式発表通りの気象衛星などではなく軍事衛星だということだ。

 軍事衛星ラピュタは都市を焼きつくすような威力はないが、ロックすれば超高速で飛ぶミサイルを迎撃することができる。動かないものならミリ単位のピンポイント攻撃だって可能だ。しかもそれをスマホでゲーム感覚でコントロールできる。もちろんそのスマホとはサルの持っているやつのこと。


 国王陛下はサルにもちょっとした護身用の武器くらいは持たせるといっていたが、これがそれだ。


 最新鋭の軍事兵器を護身用の武器という人間を俺は他に知らない。

 俺に言わせれば、まさになんとかに刃物だと思うが、国王陛下はサルの身がそれほど心配だったらしい。王妃陛下やユマが反対しても、「ジンで対応できないほどの敵に襲われたらどうするんだ?」といって取り合わなかったそうだ。俺もはじめて護身用の武器の正体を知ったときは「頼むからやめてくれ」と思った。しかし認めたくないが、もっとも先見の明があったのは国王陛下だったらしい。


 もちろんラピュタのレーザーは万能ではない。静止衛星である以上、赤道上空を飛んでいる。そのため、レーザーはやや南より発射される。南側に大きな遮蔽物があったり、地下や室内にいる場合、使えない。幸か不幸か、ここには遮るものがなにもない。


「次は五月ちゃんの妹にエッチなことをしようとしたロリコンゴリラにお仕置きだぁああ」


 そういい放つサルの目はもう完全にイッちゃってる。サルがスマホを操作すると天から一筋の細い光がゴリラめがけて舞いおりた。

 光線は紙一重のところでゴリラの体を傷つけず、剣道着だけを切り刻んでいく。ゴリラは完全にパニックになりながら全裸に剥かれた。


「ひゃはははははは。踊れぇ、ゴリラ。裸で踊れぇぇぇぇえ」


 サルは心底楽しそうだ。マンガを読むときだって、アニメを見る時だってここまで嬉しそうな顔はしない。

 泣きながら逃げ去ろうとしたゴリラは樹に頭をぶつけ、仰向けに倒れた。フリチンのまま意識を失ったらしい。ちょっとだけ同情した。

 それにしても運動神経ないくせにうまいもんだ。ほとんど神業だな。そういえば、サルはテレビゲームも大好きだった。きっとそのせいだな。

 暴走族連中は回れ右して、たった今上がってきた階段をバイクで下っていく。


「逃がすもんかぁあ」


 サルの絶叫とともに、レーザー光線は階段の脇の樹数本をなぎ払った。倒れた樹は丸太となって階段を転がり落ちる。


「ひいいいい」

「ぎゃあああああ」

「助けてぇええええ」


 無様な悲鳴とともに、丸太があたる音や、バイクから落ちる音、はたまたバイクの爆発音らしき音まで鳴り響く。誰も死んでなきゃいいが。


「おまえらなにやってんだ? あの女からスマホをうばいとれ」


 理屈はわからなくても、さすがにサルがスマホでこの奇跡を起こしているということだけは理解したらしい。如月が仲間に号令をかける。だがどいつもこいつも動くことができなかった。動こうとすると天から怪光線が降ってきて、木刀をまっぷたつにするからだ。

 次々に腰を抜かし、戦意喪失していく。


「もう頼まん、俺がやる」


 如月は木刀を両手で持った。驚いたことにただの木刀ではなく仕込みだったらしい。さやを払うと真剣の刃が顔を出した。


「あんた馬鹿? そんなものがいまのあたしに通用するとでも思って……」

「愛子、こいつは俺にやらせろ」

 俺はレーザーで勝負をつけようとしたサルを制した。


「なによ、あんた、一番おいしいところを持っていく気? ラスボスを倒すのは主人公の役目に決まってんじゃない」

「いいから、俺にやらせろ」


 五月のためにもこいつだけは許せん。俺が自分でやらなければ気がすまなかった。


「ふん。わがままなんだから。まあいいよ。あたしはへたり込んでいる雑魚どもをなぶって遊ぶことにするから」

 そういうと、ゴリラにやったように、レーザーで残りの雑魚どもの服を切りはがしはじめた。


「きゃははははははは」

 サルのけたたましい笑い声が響く。

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