第17章 事件解決、しかしなぜか俺は怒られる

 次の日、俺たちは何事もなかったように学校へ行った。

 きのうのことはなかったことにしたかったがそうもいかない。俺は昨晩、気が進まないままユマを通して王国に報告を入れた。


『あんたが付いていながら、いったいどうなってんの? あああ、いったい国王陛下にどう説明したらいいのかしら?』


 ユマはそう電話で嘆いた。その後、こんこんと説教が続いたのはいうまでもない。如月が『神の会』に関係あるかもしれないといっても信じない。完全に言い訳だと思っている。

 もっとも俺自身半信半疑だ。なんの証拠もないし、如月自身がはっきりそういったわけでもない。

 もちろん怒られたのは俺だけでない。サルもそうとう絞られた。

 けっこう根に持っているらしく、今朝も学校に来るまでの間、「あんたは裏切り者、密告者なんだから、油断も隙もあったもんじゃないわ」とさんざん俺のことをなじったが、やりすぎたのは俺のせいじゃない。事件に巻き込んだのは俺のせいともいえなくもないような気がするが。


 まあ、国王陛下から帰ってこいといわれなかっただけよしとしよう。

 教室に入ると、三つ編みめがね少女の斎藤さいとうこずえがサルに向かって走ってきた。きのう、サルが授業中に彼女のマンガを読んで没収されたことで怒ってるのか?


「愛子ちゃん、聞いた?」

 どうも様子が違う。怒っているというよりも、わくわくしているように見えた。眼鏡の奥でサルと同じくらい大きな目が光り輝いている。


「きのう、裏の神社で暴走族対怪しい武道集団の戦争があったらしいのよ」

「ふ、ふう~ん?」

 サルは複雑な表情を浮かべていう。


「え? なんか、のりが悪いわね。あくまでも噂なんだけど、『地獄の三丁目』とかいう都内でも有名な暴走族が、荒っぽいことで有名な古流剣術道場を破門になった荒くれ集団を呼び出して決闘になったらしいの。もう現場はすごかったらしいのよ。剣術道場のほうは真剣まで持ち出して、神社の樹を一刀のもとに切り倒して、それを投げるやぶつけるやで大暴れ。でも暴走族のほうも負けてなくて、道場生をぶちのめして、裸にひん剥いたりしたそうよ。でも最後に剣術道場のほうが暴走族を丸太で階段からバイクごと突き落としてけっきょくは相打ち」

「へ、へええ? ……そうなんだ」


「あれ? あんまり驚かないのね。じゃあ、とっておきの話よ。その剣術道場の方の首謀者がじつはあのまじめそうな如月くんだったって噂よ。忍者のような男が血だらけの如月君を抱えて逃げる姿を見た子がいるの。信じられる? そういえばきのう愛子ちゃん、如月君と一緒だったじゃない。そのあと如月君、神社に行って大暴れしたのよ。愛子ちゃん、知らない?」

「え? う、うん、……でも途中で別れたからさ」

「ふ~ん、でもショックよねえ。あの人がそんな恐ろしい人だったなんて」

「で、そいつらは捕まったのか?」

 俺が口を挟むと、こずえは嬉しそうに反応する。


「それがねえ、信じられないことに誰ひとり捕まっていないらしいのよ。警察がかけつけたとき、謎の集団が現れてそいつらが邪魔している間に全員逃げたんだって。如月君もそれっきり行方不明よ」

 如月は逃げ失せたのか。


 とりあえず俺たちが関わったことは、なんとか表立ったことにならずにすみそうだ。『地獄の三丁目』にしたところで、たったふたりに全滅させられたとは口が裂けてもいわないだろう。

 だが、せっかくの敵の手がかりである如月が失踪したのは痛い。もし、本当にやつが『神の会』だとしたら、俺たちはよけいなことに関わったおかげで、敵に正体を知られたのかもしれない。


 いきなり教室がざわついた。なにかと思ってみると、五月が教室に入ってくるところだった。

 しかし例の紺色の超ロングスカートのスケバンスタイルではなかった。正規の制服。つまり、純白のセーラー服と、青いミニスカート。

 五月が長い髪をたなびかせ、抜群のスタイルでその格好になるとまさに絵になる。しかもこころなしか顔つきも穏やかになったようだ。鋭い眼光を放っていた鷹のような瞳が、切れ長の美しい瞳に感じる。そうなると、まるで典型的な正統派の美少女に見える。手に布袋に入れた木刀を持っている以外は。


 いったいどういう風の吹き回しだ?

 俺と目が合うと、五月は真っ赤になった。まるでラブコメのように。

 いったいぜんたいどうなってるんだ、これは?

 たぶんまわりにいるやつら全員がそう思っただろう。だが誰も聞かない。怖くて聞けないらしい。しょうがないから俺が聞いてやった。


「どうしたんだ、おまえ?」

 五月は激しく汗を流しながら必死に言い訳する。


「べ、べつに。……つまらないことでつっぱるのはやめただけさ。普通に……制服着ただけだ。文句でもあるのかよ。まさかおまえに気に入られるためにやってるだなんて思ってないだろうな?」

「いや、そんなことは思ってないが……」


 やっぱりその格好すれば、可愛いじゃないか。その言葉は飲み込んだ。

 まあ、こいつは初めて会ったときからなにを考えているのかさっぱりわからない女だった。わかる必要もないだろう。

 ただサルだけがわかったような顔をしている。俺を見る目がにやついている。なにやらこずえに耳打ちすると、こずえはあからさまに驚いた顔になった。そしてふたりで「ひゅうひゅう」とわけのわからない奇声を上げる。


「う、うるせい。殺すぞ、おまえら」

 五月は結露したトマトのような顔で、殺し屋のような目をサルに向ける。

 まもなく浅丘先生が入ってきた。相変わらず教室はざわついたままだ。


「えへん、えへん。聞いてください。じつはきのう裏の神社で大変なことが起こりました。影で殺しを請け負っているという噂の邪悪な武道集団と、関東最大にして最悪、最強の暴走族が互いの存続を賭けて大戦争になったんです。なんでも互いに日本刀を持ちこんで、切りあったそうです。そう、神社は戦国時代さながらの戦場になったんです」


 話がどんどん大きくなっている。普段誰も耳を傾けない浅丘先生の話だが、きょうだけは違った。


「そうだったのか?」

「そ、それでどうなったんですか、先生?」


 生徒たちの真剣な態度に感動したのか、浅丘先生は涙ぐむ。そして講談は続いた。

 俺もサルも五月も出てこない、嘘まみれの講談が。


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