第二話 王女様カジノで死闘
第1章 中学生が五百万の借金だあ?
「うんめええええ」
それがとんかつを口にしたサルの第一声だった。
食卓に並んでいるのは、とんかつに千切りのキャベツ、トマト、それに豆腐のみそ汁とご飯だ。ついで冷や奴もある。
べつに一般的な日本人にしてみれば、どうということのない献立だろう。しかし、サンリゾート王国人の俺たちの食卓にとんかつが並んだのは初めての出来事だった。
ではなぜ、とんかつが食卓に並んでいるか?
答えは簡単だ。今朝、食卓にコンビニおにぎりしか並んでいない現状にキレて、サルが今晩はなにがなんでもとんかつを食いたいとごねたからだ。
まあ、たしかに来日してからというものの、食べたものといえば、サンドイッチに、学校の購買部のパン、コンビニ弁当、そんなものばかり。サルがそろそろごね出すころだとは思ったが、よりによって豚肉にパン粉をつけて煮えたぎった油につっこむようなものを作らされる羽目になるとは。
サルがいうには、ふつう日本食といえば寿司やすき焼きが真っ先に浮かぶが、ほんとうに日本を理解するには、とんかつが一番らしい。なんでも外来のものを日本風にアレンジした料理の代表格で、それこそが日本文化だとかなんとかほざいている。じっさいはマンガかアニメで誰かがうまそうにとんかつを食ってるのを見て、食いたくてしょうがなくなったとかそんなところだろう。
そんなことよりも問題は、とんかつは作りたてでなくてはならないといいだしたことだ。しかも俺に作り方を覚えろと命令する。
それどころか、サルは自分の持っているマンガを俺に差し出した。
「なんだ、こりゃ?」
「なにって、料理マンガだよ。知らないの? 主人公がアイデアの限りをつくして料理でライバルたちと戦うの」
知るか。日本人はなんでもかんでもマンガにするとは思っていたが、料理マンガだって? そんなものがあるから、俺がよけいな苦労をする。
「どうせなら、この中に出てくる超究極のとんかつ作ってよ」
超究極のとんかつだあ?
「よくわかんないけど、つける衣が違うの。それに温度の違う油で二度揚げするからぶ厚い肉でもだいじょうぶ。さくっとした衣を噛むと熱い肉汁がどば~って出てくるの」
サルはそういって、よだれを垂らした。
やむを得ず俺はきょう学校から帰ったあとスーパーに行き、厚さ二センチもある豚肉のかたまりだのフライ用の油だのを買って来た。豆腐を買ったのはあまりにも脂っこそうなので、さっぱりしたものもあった方がいいだろうという俺の配慮だ。豆腐はなぜか王国でも健康食品として流行っている。
そうして、悪戦苦闘した結果が、今食卓に並んでいる。
俺の腕がいいのか、マンガに描いてあった調理法がすごいのか、サルは感嘆の叫び声を上げたあとも、とんかつを絶賛した。
「ああ、やっぱりあたしの思ったとおりね。このさくっとした歯ごたえ、ジューシーな食感、これぞ日本料理のキングオブキングだよ」
そういうと、サルは皿を片手に踊り出した。さらに「とんかつ、とんかつ、おいしいな」とかなんとか、わけのわからん歌を歌い出す。
「頼むから人前では絶対やるなよ、それ。とくに学校では。死ぬほど怪しすぎるぞ」
「はっ、まさか学校でこんなことやるわけないでしょ?」
わかるもんか、そんなこと。こいつは自分の行動がどれだけ非常識なのか、まるでわかっていないからな。
サルはふたたび席に着くと、うまそうにとんかつを食べ続けた。
まあ、作った俺としては悪い気はしない。
自分で食ってもけっこううまいと思う。豚なんてしろものを煮えたぎった油につっこむ料理なんてちょっと遠慮したい気分だったが、食わず嫌いだったらしい。
サルはあっという間にとんかつを平らげると、俺に明言した。
「あしたもとんかつがいいな」
「あほか? いくらうまくてもとんかつばっかり食ってられるか? だいいちこんな脂っこいものばっかり食ってたらすぐに太るぞ」
「じゃあ、カレー」
「カレー? カレーなんか王国でだって食ってたろ?」
「馬鹿ねぇ。カレーも日本でアレンジするとまったく別の料理になるんだよ。王国のカレーみたいに水っぽくないの。カレー粉じゃなくて、ルーとかいうものを鍋にぶち込んで作んのよ。なんか知らないけどどろ~っとしてて、だけどおいしいの」
翻訳すると、そのいかにも日本ぽいどろ~っとしたカレーの作り方を勉強して、あした俺に作れということだ。
「俺は知らんぞ、どんなものができあがっても。おまえ、文句いわずに食えよな」
「だいじょうぶ。あんた料理の才能あるよ。とんかつだってちゃんとできたし」
サルはうんうんうなずきながら、俺の肩をぽんとたたく。
「おまえなあ、おだてたからって俺がその気になってなんでも作ると思ったら大間違いだぞ。俺が目指すのはあくまでもエリート軍人であってコックじゃない」
そうはいったものの、内心俺もそう思っている。よくもまあ、食ったこともないものをマンガ見ただけで作れたもんだ。
「じゃあ、これ見て作って」
サルは俺の話を聞いていたのかいないのか、本を手渡した。当然のように料理本じゃなくてきのうのマンガの別の巻だった。
「またかよ?」
「いいじゃない? きょうは大成功だったしさ。この中でも『超究極の和風すき焼きカレー』ってやつがいい。死ぬほど旨そう」
おい、それはひょっとしておまえが食べたいといった日本風カレーとは微妙に違うんじゃないか? いや、確信はないんだが。
「約束だよ」
やれやれ。このままじゃ、帰国するころには料理の達人になってるぜ。それも料理マンガに出てくる奇想天外なメニュー専門の。
俺がうんざりしていると、インターホンのチャイムが鳴った。誰かが一階のエントランスホールから建物の内部に入る扉の横に付いている操作盤で、ここの部屋番号を押したらしい。
「はい」
俺はインターホンに向かって返事をすると、モニターを覗いた。映っているのは五月と神無だった。さらにその後ろにもうひとり知らない女の子がいる。おそらく神無の友達の中学生だろう。全体的に雰囲気が暗い。
「なんだよ、いきなり?」
俺は思わずいう。今夜訪ねてくるなんてことはただの一度も聞いていない。
『悪い、いきなり。ちょっと、話があるんだ。入れてくれないかな?』
「どうぞ、どうぞ」
サルが横からしゃしゃり出てきてインターホンに付いているボタンを押し、マンション内部に入るドアのロックを外した。
さらに俺に向けて意味不明の不気味な笑みを浮かべる。
「きっと影麻呂に会いたくてしょうがないんだよ、五月ちゃんは」
「はぁ? どう見てもそんな雰囲気じゃなかったぞ。だいいち、それならなんで神無が一緒なんだ? いや、それどころか知らない女の子までいたぞ」
「え~っ、そうだったかな?」
サルはばかでかい目を無理に細めて横目で俺を見ながらいう。
俺が見た限り、どう見ても深刻そうだったぞ。なにか相談に来たんじゃないのか? それをこいつは。
やがて上がってきたらしく、今度は玄関のチャイムが鳴った。ドアを開け、三人を入れてやる。
「ようこそ、五月ちゃん、神無ちゃん」
サルは諸手を挙げて歓迎した。
「おまえ、家でも制服着てんだな」
五月があきれた顔をする。家でもというより、こいつの場合、来日してからほとんど寝るとき以外はこの格好だ。よっぽど気に入ってるらしい。俺はといえば、ジーンズにシャツというラフな格好に着替えているが。
「五月ちゃんはかっこいいね」
五月は真っ白な男物のスーツを着込んでいる。シャツは黒だ。ただでさえ目つきが鋭いというか悪いのに、そんな服装でいると、ほとんどやくざに見える。とはいえ、腰まで流れるような黒髪とマッチングすると、美形の顔との相乗効果でみょうに凛々しい。
神無はだぼだぼのつなぎのジーンズに青いトレーナーという男の子っぽい格好。ツインテールの髪型と愛らしいながらも悪戯小僧っぽい顔立ちにはよく似合っている。
もうひとりは黒のワンピースとお嬢様っぽい。さらに髪はロングで前髪は目の上で切りそろえている。つまりお人形さん系美少女ってやつだ。
「まあ、座れよ」
俺はテーブルの上から皿を片付けると、三人にいった。
「なんかすげえところだな、ここ。エントランスなんて高級ホテルのロビーみたいだったし。あれひょっとしてペルシャ絨毯か?」
五月は椅子に座るなり、黒革のソファの下に無造作に敷かれている絨毯をあきれ顔で指さした。
まあたしかに一高校生としては分不相応なものが並んでいる。ばかでかい4Kテレビに、家具はアンティーク風のデザイナーブランドもの。さらに高級クロスを張った壁にはどど~んとでっかい絵なんてものが飾ってある。
「はやぁあ、愛子さんてすっごいお金持ちぃ」
神無も目をぱちくりしながら妙に感心している。
こいつはあの事件のかんじんなときに気を失っていたが、あとから五月から俺たちに助けられたことを聞いたらしい。だから俺たちには親近感を抱いているようだ。
「で、この子は誰だ?」
俺は三人目の素性を訪ねた。
「この子はあたしのお友達で、
「あ、あの、よろしくお願いします」
百合子ちゃんはおどおどと自己紹介した。見た目通りおとなしい子らしい。
「それでなんの用だ? まさか、俺たちの住んでるところを見にきたわけじゃないだろう?」
俺は遅れてテーブルに着くと、話を振った。
「ちょっと神無がトラブった」
五月が顔をこわばらせていう。
またかよ? 俺は内心そう思ったが、しょぼ~んとしている神無を見ていると文句もいえない。
「おまえらに力を貸してほしい」
「なに? なに? なに?」
サルがただでさえでっかい目をさらに見開かせ、光り輝かせている。まったくしょうがないやつだ。
「裏カジノって知ってるか?」
「裏?」
サルが身を乗り出す。好奇心のアンテナに引っかかったらしい。
まあ、裏ってからには違法カジノだろう。だが違法といっても、日本ではギャンブルはたしか競馬、競輪、競艇、それにパチンコくらいしか認められていないはず。だからルーレットやブラックジャックなど他の国では合法的なギャンブルが裏カジノでおこなわれているだけじゃないのか?
俺がそういうと、五月は首を振った。
「もちろん、日本じゃカジノ自体が違法だから、現金が動くカジノは全部裏さ。だけど今話題にしているカジノはそれだけじゃない。つまり、ふつうの裏カジノを大手のサラ金とすると、闇金に当たるやつのことさ」
「つまり、悪どいってこと?」
「ああ、それも半端じゃなくな。それに扱う金が大きい。しかも金がない客のために、現地に本物の闇金がいる。客だって年齢制限なんてないから、子供だっているのさ」
「つまり、神無はそこに行ったのか?」
「ごめんなさ~い」
俺が非難めいた口調になると、神無は涙目でいう。
「どうも膨大な借金を作ったらしいんだ。夜帰ってきてから様子がおかしいんでとっちめたら、この百合子って子と一緒に行ったって白状した。まったく神無はああいうやつらがどれだけ恐ろしいかまるでわかってない。未成年だとかそういうことは関係なしにどんな手を使ってでも回収しようとしてくる」
「借金っていくらあるんだ?」
「ふたり合わせて……五百万……かな?」
神無がおそるおそる口にする。俺はあきれかえった。
「いや、いいたいことはわかる。あたしもきつくしかったところさ。だが、悪いのは神無だけじゃないさ。中学生にそんな金を貸して、むしり取る方がどうかしてる」
「……っていうか、どうやったら五百万も負けられるんだ? ふつうその前にやめるだろうが?」
「さ、最初は勝ってたんです」
百合子が上品そうな声でぼそりという。
まあ、大負けするやつなんてたいていそんなもんだ。それにしたって、中学生が借金してまでギャンブルを続けるか?
百合子は告白を続けた。
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