第2章 博打の負けは博打で取り返せ? いや、ちょっと待て

「先輩から聞いてたんです。子供でも入れるすごくおもしろいところがあるって」


 まあ、たしかに勝てばおもしろいだろうな。俺はそう思ったが口にはしなかった。

「あたしちょっと買いたいものがあって、お金が欲しかったんです。だから少し興味があって。ただ負けたときのことを考えると、ちょっと怖くて……」

「だれだってそうさ。それをなんでまた」

「先輩が必勝法を教えてくれたんです」

「必勝法?」

「はい、あの、ルーレットで赤か黒かどっちかに賭けるんです。もし負ければ、その倍のチップを賭ければ、取り戻せるって」


 馬鹿か? そんなものは必勝法でもなんでもない。負け続けたら、掛け金が倍々になってすぐに手に負えなくなる。

「あのねえ、百合子ちゃん。もし最初のチップが千円だとしても、二回目は二千円。三回目は四千円。四回目は八千円。十回目には、五十一万二千円のチップがいるんだよ」

 サルは瞬時に計算していった。


「でもそのときは気づかなかったし、そんなに続けて負けるわけないと思ったんです」

 百合子が顔を伏せながらいった。

「それに先輩がいうには、誰かと組んで、もうひとりは偶数奇数で同じことをやれば、リスクは格段に減るって」

 同じだ。片方がそこそこ勝っても、もう一方がぼろ負けすればなんにもならない。


「それにその先輩は、その方法でじっさいに勝ったんです」

「そりゃ、たまたま運がよかっただけよ」

「今にして思えばそうでした」

 そして百合子は神無を見て、もうしわけなさそうにいう。


「それで、神無ちゃんを誘ったんです。ふたりで組んでやろうって」

「うん、……あたしもその戦法を聞いて思ったの、完璧だって」

 神無がしょぼんという。


「だって、さっきも百合子ちゃんがいってたけど、最初のうちはたしかに勝ってたのよ」

 今度は断言した。


「それであたしたち調子に乗っちゃいました」

 だいたいこういうことは大人でも判断ミスを犯すものだから、中学生に冷静な判断を求めるのは酷っていうものだろう。


「だんだん、最初に賭けるチップが大きくなっていったんです。そうすると、すこし負け続けただけで張るチップがなくなるんです」

「それでついに、これで負けたらすっからかんになって、最初に持ってきたなけなしのお小遣いまでなくなるってところまできたの」

 ようやく俺にも話が見えてきた。そこに金貸しがさっそうと現れたわけだ。

「そこに男の人が現れたんです。『困ってるようですね。お金を貸しましょうか?』って」

 百合子は俺の考えていた通りのことをいった。


「ぜんぜん怖そうな人じゃなくて、すごく優しそうでした。スーツをきちんと着て、髪の毛もオールバックでぴっしりと決まってて、いかにも紳士って感じの人だったんです」

 そりゃ、いかにも闇金の取り立て屋みたいのが来れば、誰だって金を借りないからな。


「そ、それでね、その人が、この書類にサインすれば、すぐに貸しますよっていうのよ。事態は一刻を争ったの、だって賭け続けた方に、次こそくるはずって信じて疑わなかったから」

「つまり、ろくに目を通さずに、その書類にサインしたってことか?」

 俺がそういうと、ふたりはばつが悪そうにうなずいた。

「おかげで、次も賭けることができました。でも、また負けたんです」

「だから、もうわかるでしょ? 次こそ、こっちにくるはずだって思うじゃない?」

 ああ、わかった。どツボもいいところだ。


「それで気づいたら、借金五百万になってたわけだな?」

「正確にいうと、利子を合わせて五百万。利子が十日で三割なの」

「トサンだよ、そりゃ」

 サルがあきれた声を出す。

「まるで、ギャンブルマンガと闇金マンガを合わせたような展開だね」

 こいつの読むマンガの守備範囲は広いらしい。


「だけど大人ならともかく、女子中学生にそんな大金貸して、どうやって回収する気だ? 親のところへ乗り込む気か?」

「馬鹿ね。女子中学生だからこそ、稼げる方法だってあるってこと」

 サルは平然といい放った。


「そ、それって、もしかして……エッチなことですか?」

 百合子が青ざめた顔でいう。

「エッチなことをしないと、女子中学生は大金なんか作れないでしょ?」

「いやああああ。そんなのいやですぅうう」

「あたしもいやっ」

 百合子と神無はパニックだ。


 いや、しかしサルのいうとおりだ。いわゆる裏ビデオの中学生ものなら金になるだろう。ふたりともなかなかの美少女だ。しかもまだ若いから長期間使える。

「おまえもそう思うか? だからほっておくわけにはいかないよな」

 五月が真剣な顔でいう。


「それでどうするつもりなんだ?」

 俺は聞いた。五月にどうにかできるとは思えない。

「これからそこに行って話をつけようと思う。だから手を貸してほしいんだ」

「話をつけるったって、そういうところはバックにやくざがついてんじゃないの? いくら五月ちゃんが強くたって無理だよ」

 サルがめずらしく正論をいった。


「だけど、どうしろってんだ? 神無にはそんな大金払えるはずがないぞ」

 俺もそう思う。そしてある意味、サルに相談しに来たのは正解だ。サルならその気になれば五百万程度の金はなんとかなる。これでも王女様だからな。

 サルがあまり深刻にならないのは、金ですむことだと思っているからだろう。

 だが俺はサルのことを見くびりすぎていた。こいつの常識が、俺の常識ではかれるはずもない。


「勝てばいいのよ、勝てば。博打の負けは博打で取り戻す。それが世界の常識だよ。あたしが行って取り返してきてあげるっ」

 サルは力強く断言した。

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