第3章 勝ちまくってカジノをつぶす? マジかよ?
「本当にここかよ?」
俺はここまで乗り付けた黒塗りのハイヤーから降りると、一番でそういった。
「うん」
神無は肯定する。しかしどう見てもここはただの古いビジネスホテルだ。
場所は新宿のはずれ。駅前や歌舞伎町周辺のようににぎわっているわけじゃない。街灯も少なく、妙に暗い。
「いかにも秘密のカジノの入り口って感じじゃない?」
サルがそういいながら、ハイヤーから最後に降りてきた。
肩や鎖骨を露出した紫のドレス。スカートはスリットの入ったロングのタイト。そのあちこちにはビーズだか砕けたガラス玉だか知らんが、きらきら光るものがちりばめられている。さらに肘近くまである白い手袋。折れそうな先の、真っ赤なピンヒール。
おまえはパーティーに出たハリウッド女優か? とつっこみたくなる服装だ。
こういう格好をするとサルの男の子のようなショートカットもむしろ大人の女っぽくは、……ならない。可愛いお嬢ちゃんががんばって仮装しましたって感じだ。それになんだその胸のふくらみは? パットだって丸わかりだ。谷間ができてないからな。
だがサル自身はこの衣装に大満足らしい。口元がでれっとしている。
まあ、カジノだし、それくらい着飾っても不自然じゃないかもしれないが、ここは中学生でも入れる闇カジノ。どんな格好だってかまわなかったんじゃないのか?
もっともそういう俺もスーツにネクタイはしているが。
サルがいうにはギャンブルは気合いだそうだ。気持ちで負けてたら勝てるわけがないということらしい。まあ、一理あるような気もする。
「おまえ自信満々だけど、ギャンブルやったことがあるのか?」
五月が不思議そうな顔でサルに聞いた。
「あったりまえじゃない。子供のころからやってるよ。これでも強いんだからね」
これは必ずしも嘘ではない。王国では王立カジノでかなり遊んでいた。しかもかなり勝っていたらしい。
「ふ~ん?」
五月はそれ以上つっこまなかった。ふつうならどこでギャンブルなんかやったんだよとか、なんで子供のころからそんなことができたんだよと、つっこみがはいるはずだが、前回のことがあるから、サルがなにをやっていても不思議に思わないんだろう。
いちおう俺と五月の間では、俺たちが何者なのかは詮索しない取り決めになっている。
「はえぇ、愛子さんてすごいんだねえ」
神無は無邪気に感心していた。
「さすが、アメリカからの帰国子女」
そういえばそういう設定になっていた。五月が神無にはそう説明しておいたんだろう。
「ところでこの古ぼけたホテルのどこでカジノをやってるんだ?」
俺はここを見たときから感じていた疑問を口にした。
「地下なの」
まあ、たしかに地上部分にはありそうにないな。
「とにかく行こうよ。とりあえず中に入ればいいんでしょ?」
サルがいうと、神無はうなずいた。
俺たちはホテルのエントランスに入る。せまく質素で薄汚い感じのところだ。
「やあ、お嬢ちゃん、また来たのかい?」
受付カウンターにいるスーツ姿の品のいい中年男が神無にほほえみかけた。
「取り返しに来たの。今度は友達たくさん連れて」
「それは大変いい心がけだね」
男は満面の笑みを浮かべた。
この男がやってきた客を、カモか警察か、あるいはただのビジネスホテルと間違ってやってきた馬鹿かに振り分けて対処する役目なのだろう。俺たちはめでたくカモと判別されたらしい。
まあ、五百万の借金を作ったのに懲りずに来る中学生ふたり。やくざみたいな格好をした女。いかれた女優にしか見えない小娘。スーツを着ているがどう見ても高校生の男。たしかにどう見てもカモだな。
男は俺たちをエレベーターの方に手で誘導する。中に入ったが、地下に行くボタンはなかった。
「おい、これ上にしか行かないぞ」
「中からは操作できないの」
神無がそういうと、なにもいじっていないのに、エレベーターは勝手に下の方に動き出した。今の受付の男が外から操作したらしい。
「ふ~ん、考えてるよね。警察が踏み込めないようにしてるってわけだ。電話で外と連絡を取ろうにもケータイの電波が通じないし」
サルはスマホのモニターをチェックしながらいった。
つまり前回、神社で大立ち回りをやったようにスマホを利用した必殺技は使えない。もっともどう考えても、ギャンブル勝負には必要のない技だが。
エレベーターが止まった。扉が開くと、そこはしょぼくれた一階とは別世界だった。
まず、だだっ広い。おそらくこの部屋は敷地外にまで浸食しているのだろう。どう考えても、一階の敷地面積よりはるかに広い。そして内装は豪華絢爛。床と腰壁は鏡のように磨かれた御影石。天井からはいくつものシャンデリアがぶら下がり、窓がひとつもないにもかかわらず、真昼のように明るい。ざっと見回すと、ルーレット、バカラ、ブラックジャック、ポーカー、大小、スロットとひととおりのものはある。
中はけっこう客であふれている。客層はやくざなどの裏家業っぽい人間よりも、一般的なサラリーマンやOLらしき人たちの方が多い。どう見ても十代の若者も何人かプレイしていた。そんななかに黒いタキシードを着た男と、バニースタイルの若い女のスタッフが数名混じって笑顔を振りまいている。
「いらっしゃいませ」
俺たちがエレベーターから一歩踏み出すと、タキシードの男たちがいっせいに頭を下げた。
「ふ~ん。見た目はけっこうまともそうだね」
サルがいった。
たしかに妙に健全かつ高級そうだ。危ない店には見えない。
「愛子さん、あれよ、あのバンクって看板があるところ。あれが闇金。気づくとあそこから大量の借金をしてたの」
神無が店の一角を指さした。
そこにいるのはタキシードを着た三十ほどの男。髪をオールバックにしていて妙に痩せている。頬骨が浮き出ているほどだ。しかし優しそうな笑顔を振りまいていると、たしかに悪党には見えない
「ふん、人の良さそうな仮面を被った悪党か」
五月が吐きすてるようにいったあと、サルを見る。
「いったいどうするつもりだ?」
「神無ちゃんの借金分勝つだけじゃしょうがないでしょ? このカジノを潰す」
サルは小鼻をふくらませて宣言した。
「潰すって、おまえ?」
「だって中学生に五百万の借金をさせるような店だよ。熱くなって負ける分には本人の責任だけど、闇金とつるんで、そんな大金貸すのは悪どすぎる。ほっとけばほかにも犠牲者が続出するに決まってるし」
「いや、そうじゃなくて。……つまり、おまえにそんなことができるのか?」
「まっかせといて」
サルは胸をどんとたたいた。
俺はいやな予感がした。たしかにこの店を潰すという目的自体は反対しない。サルがなにをしでかすか心配なだけだ。
常識で考えれば、サルが勝ったくらいでこの店がつぶれるはずがない。そこまで勝てるわけがないし、もし勝ち続ければなんらかの妨害が入ることは間違いない。だがこいつが本気になったり怒り狂ったりしたとき、なにが起こるか俺はいやというほど知っている。
「さあってと、やるよ。五月ちゃんと影麻呂はいざというときボディガードをしてくれればいいから。あとはぜ~んぶあたしに任せなさい。大船に乗ったつもりで見ててよ。うひゃひゃひゃひゃ」
サルはそう豪語する。
「神無ちゃんたちが負けたのはルーレットだったよね。今球投げてるやつがそう?」
ルーレット台に目をやると、髪を金に染めたちょっと軽薄そうな若い男がディーラーをやっている。
「うん、あいつ。あいつに負けたの」
「じゃあ、とりあえずあいつをめちゃくちゃにしてやるからね」
サルは不敵に笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます