第8章 転校生は天才美少女とそのおまけ
中に入ると、生徒たちがいっせいに注目する。
「みんな、静かに。転校生を紹介します」
教室内がいきなりざわめいた。まあ、まだ五月で、入学してまだ一ヶ月ほどしか経ってないのに転校生がやってくるのは、たしかに珍しいかもしれない。
「すげえ、可愛い」
「誰、誰、あの子誰?」
「うおおおおおお。生きててよかった」
「この学校、最高だぁあああああああ」
いや、こいつらが騒ぎだした原因はサルが可愛いかららしい。まあ、実態を知ればすぐに幻想から覚めるだろうが。
「ハーイ。夏島愛子でぇす。みんなよろしくね」
サルが笑顔で手を挙げ、嘘っぱちの名前を告げると、熱い反応がかえってきた。
「おおおおおおおおお。声まで可愛いぞ」
「最高じゃあ、最高じゃあ」
「愛子ちゃん、愛子ちゃん、趣味はなに? どこから来たの?」
この大歓声にサルは心底嬉しそうだ。
「じゃあ、自己紹介するから、みんな聞いてね」
サルがそういうとクラスにぴたりと静寂が訪れる。浅丘先生にはできない技だ。
「え~っと、まず趣味ですけど、お菓子作りかな」
嘘をつけ、嘘を! お菓子どころか目玉焼きすら作れないくせに。だいいちおまえの趣味は……。
「おおおおおおおお」
なにも知らないやつらの歓声が響く。
「それと映画とかマンガとかもちょっと好き。でもおたくじゃないよ」
それも大嘘だ。おまえほど日本のマンガやアニメやミステリーやライトノベルが好きなやつは、日本人でもめったにいないに決まっている。スーパーディープおたくだろうが。
だが馬鹿なやつらは、この一言で親近感をもったようだ。さらに歓声がなる。
「あと、ここに来る前はニューヨークにいたの」
これも大嘘だが、事前の打ち合わせでそういうことになっているから仕方ない。そういうことにしておけば、ぼろを出しても帰国子女だから、と言い訳できるためだ。
だがなにも知らないやつらは大いに盛り上がる。
「すげえええ。帰国子女だぞ」
「愛子ちゃん、なにか英語喋って」
「Hi. I'm Aiko. I'm from New York. I'm glad to meet you. thank you.」
「おおおお。すげえ、やっぱり帰国子女だけのことはあるぜ」
クラス中で絶賛する。
いや、ぜんぜんたいしたことしゃべってないって。おまえらにもそれくらいいえるよ。受験勉強をサボってなければ。
だがサルは調子に乗って投げキッスまでやりだした。
「えへん、それじゃあ、もうひとりの転校生を紹介します」
浅丘先生がそういって咳払いをしても、注目はサルに集まったままだ。
「えへん、えへん。ええと、彼は
それで終わりかよ。しかも誰も聞いてねえ。
「あ、いい忘れました。影麻呂君は愛子さんの従兄妹で一緒のマンションに住んでます」
「なにいいいいいいいいい?」
「兄妹ならともかく従兄妹同士で同棲?」
「従兄妹同士だったら結婚できるじゃねえか。つ、つまり、……あれだって、やっておかしくないぞ」
いきなり消しゴムだの、紙くずだのが飛んできた。それも一個や二個じゃねえ。
「みなさん、だめですよ。えへん、えへん、物を投げちゃだめぇええええ」
浅丘先生が必死で止めようとするが、もちろんまったくなんの効果もない。
ようやく弾が尽きたころ、後ろの扉ががらりと開いた。
遅刻者だろう。常習犯なのか、ひとりの女生徒が教壇に目も向けず、長い髪をかき上げると、すたすたと中に入ってくる。しかし奇妙なことにその女生徒は、紺のセーラー服を着ていた。しかもスカートが長い。ついでにいうならば、その顔には見覚えがあった。
嘘だろ? おい。
しかし残念ながら、そいつはきのう出会った五月以外の何者でもなかった。
五月が同じクラスになるのは完全に予想外だった。
なんか嫌な予感がした。トラブルに巻き込まれそうな予感だ。
「あああああ、スケバンがいるよ!」
サルもそのことに気づいたらしく、後ろの方の席に座った五月を指差して絶叫した。五月は俺たちを見ると「のわっ」と叫んで後ろにのけぞり、端正な顔を気の毒なくらい崩して驚いた。
予定外だったのは五月も同じだったらしい。
急に教室内に静寂が訪れた。五月が怒りだすと思ったのだろう。しかし五月はふんと鼻で笑うとサルを無視した。
次の瞬間、強烈な殺気を感じた。
五月の殺気か? いや違う。
俺は歌舞伎町で五月が敵に対して放った殺気を覚えている。これはもっと邪悪なものだ。五月のものじゃない。しかも五月自身、今の殺気に反応した。反射的に首を振り、殺気を放ったやつを探した。べつにいる証拠だ。
じゃあ、誰だ?
しかし探ろうにもそれは一瞬で消えた。
明らかに敵意を感じた。しかしなぜだ? なぜ来たばかりの学校に敵がいる? 王国の反体制グループがすでにここをかぎつけているとはとても思えない。
だが俺と五月以外は誰もその殺気には気づいていないようだ。
「じゃあ、綾小路くんと夏島さんの机はそことそこです」
浅丘先生は五月の席のすぐ前にある隣同士の机を指した。俺とサルが座った後も先生はなにか連絡事項をいっていたが、俺は聞いちゃいなかった。五月を襲ったやつらのことが気になってしょうがない。
後ろにいる五月に向かって小声でいう。
「きのうのやつらはなんだ?」
「おまえには関係ない」
「今の殺気はなんだ? それでも関係ないっていえるのか?」
「気づいたのか? 心配するな。今の殺気はあたしに向けられたものだ。おまえが気にするな」
まったく持ってそっけない。
「それとおまえのツレに、スケバンっていうのをやめさせろ。馬鹿にされてるように聞こえる。あたしには五月って名前があるんだ。さもなきゃ、スケバンじゃなくて、硬派って呼べ」
硬派? なんじゃそりゃ? 聞いたことすらないぞ。ひょっとしてスケバンよりさらにレトロな言葉じゃないのか、それは?
なんにしろ、その言い方に、少し頭にきたからいってやった。
「はいはい、硬派ね。ところで、おまえなんでひとりだけ違う格好してるんだ?」
「あたしがあんなちゃらちゃらした制服なんか着れると思うか? この硬派のあたしが」
「着てみろよ、可愛いと思うぜ、俺は」
俺は笑顔でいってやった。はっきりいって嫌がらせだが、ちょっとだけ本気で思ったことも否定しない。
五月は鋭い目で睨むと、無言で俺の椅子の脚を蹴った。
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