第9章 ラブレター? いや、果たし状だろ?

 授業中、サルは目立ちまくった。一見アホのようだがサルはめちゃくちゃ頭がいい。しかもユマに子供のころからスパルタでたたき込まれているから、すでに高校で教える程度のことは完璧に頭に入っている。よくは知らないがユマの話だと、サルは日本の高校の偏差値で七五を軽くぶっちぎるはずらしい。ちなみに俺は五五くらいだそうだ。


 そんなわけで授業中、サルは退屈そうなのだが教師に当てられると絶対に間違わない。アメリカからの帰国子女ということになっているから、英語が出来るのはクラスの連中も驚かなかったが、古文まで完璧にこなすと、驚愕の声が飛び出す。数学に至っては三次方程式を暗算で解いた。答えを出すまでの時間、およそ0コンマ一秒。教師は当然答えだけ丸読みしていると思ったらしく、黒板に途中の式を書かせたがもちろん完璧だった。


 ちなみに俺はどうかというと、英語は人並み以上にできたが、帰国子女という設定だから誰も感心してくれない。数学は人並み程度。古文に至ってはまったくちんぷんかんぷんだ。だいたいなんだあの「ぬー」だの「ねー」だの「ぬるぬる」だの、「おまえは体が腐って液状化したゾンビか?」っていいたい。


 こうして午前中だけで、サルはめちゃくちゃ可愛い全科目超秀才のスーパー転校生、そして俺はそのおまけという評価が確定した。

 六時間目、浅丘先生の地理の時間、俺はいきなり背中をどんと蹴られた。ふり返ると、後ろにいるのは当然五月だ。ただでさえ無愛想な顔なのに、いつもにまして不機嫌そうだった。五月はなにやら折りたたんだ紙切れを俺の手に押しつける。

 それまで隣でマンガ本を読んでいたサルが目ざとくそれを見つけた。


「なによ、それ?」

 小声でそういいながら、好奇心に満ち溢れた目で俺を見つめる。


「ひょっとして、ラブレター?」

 知るか。俺だってまだ読んじゃいない。


「きっとそうよ。歌舞伎町であんたがかっこよく敵を倒したから、五月ちゃん惚れちゃったんだよ」


 バキッという音とともに、サルの体が前につんのめり、おでこを机にぶつけた。五月が後ろから蹴ったらしい。サルは小声でいったつもりだろうが、しっかり聞こえている。

 サルは後ろをふり返って、あっかんべーをした。……小学生か?

 俺はサルに見られないように、手紙を開けた。


『放課後、学校の裏にある神社で待っている。ひとりで来い』


 俺は悩んだ。いったいなんだこれは?

 強いていえば二通りの解釈に取れる。

 ひとつはサルがいったように、ラブレターといえなくもない。つまりふたりっきりで会いたい、ということだ。まあ、好意的に解釈すると、硬派の五月がいかにもラブレターといった文面を避けたとも取れる。


 ふたつ目の解釈は果たし状だ。まあ、深読みすれば、俺が逃げ出さないようにラブレターと取れなくもない文面をあえて書いたという気もする。


 渡したときの不機嫌そうな顔から判断すれば、果たし状だが、たんなる照れ隠しという可能性もないではない。

 だがどっちだとしてもはなはだしく疑問だ。五月があんなことで俺に惚れるとは思えないし、かとってうらまれる覚えもない。それともこいつは強いやつには見境なく喧嘩を売りまくる喧嘩屋なのか?


 どっちにしろ行く義理はない。勝手に待ってろ。


 俺が手紙をポケットにしまうと、サルがこっちをじっと見ていることに気づいた。

 サルはにんまりと笑い。口ぱくでなにかを伝える。


「や・っ・ぱ・り・ラ・ブ・レ・ター・だ」

 口の動きはそういっていた。


「やかましい」

 俺は小声でそういうと、サルの机の足を蹴った。


 サルは「くきき」と不気味な笑い声を上げると、ふたたびマンガに目をやった。

 その瞬間、すぱこ~んとサルの頭に黒板消しが炸裂する。


「夏島さん、あなたいったいなにをしてるんですか?」


 サルのすぐ横には、子供のように頬をふくらませ、可愛らしい顔を無理に怒らしたような表情をした浅丘先生が立っていた。サルは頭をチョークで真っ白にしながらぽか~んとしている。

 おい、王女だからって頭を黒板消しで叩かれたくらいで怒りだすんじゃねえぞ。今まで殴られたことなんてないだろうけどな……、って、いや、よく考えたら子供のころしょっちゅうユマに叩かれてたぞ。あいつは実の弟だろうと王女様だろうと容赦なかったからな。


 心配することもなく、サルは怒りもしなければ、しょぼ~んとすることもなく、「えへへ」とへらへらとしていた。


「えへん。わたしは他の先生方からちゃんと聞いてるんですからね。夏島は成績優秀だが、授業態度が悪すぎるって。担任として恥ずかしいです。さっきから黙ってみてれば、綾小路くんにちょっかい出したり、授業に関係ないものを読んだりして。没収です」

 浅丘先生はすばやくサルの持っていたマンガ本を取り上げる。


「あ、だめ、返して。あたしんじゃないの」

 サルはとたんに真剣な顔になると、蛙のようにマンガ本めがけてぴょんぴょんと跳びはねたが、浅丘先生はそれをひらりひらりとかわす。


「えへん。いったいなにを読んでるんですか? ……こ、これは?」


 浅丘先生はマンガ本についていたカバーを外すと、落雷にあったマントヒヒのような顔になった。

 見えた本のタイトルは、『宇宙王子聖戦 その光と影』。


「これは少年ステップ連載の人気マンガ『宇宙王子聖戦』のいかがわしい同人誌、しかも超人気の超希少本じゃないですか?」

 浅丘先生はかなり興奮した口調で叫ぶ。


 やたらくわしいじゃないか。だいたい中身も見ていないのになんでいかがわしいってわかるんだ? そう思ったのは俺だけじゃないと思うが、誰も突っこまない。

 とにかく浅丘先生は「没収、没収」といいながら、スキップしながら教壇に戻った。


「ごめんね、こずえちゃん、没収されちゃったよ」


 サルは近くの席にいる三つ編み目がね少女に大声でいった。彼女が本の持ち主、こずえちゃんらしい。そういえば昼休みにやたら親しそうにしていた。体型も似たようなものだし、同じような趣味で気が合ったのだろう。

 こずえちゃんは左手をパタパタ振りながら、右手の人差し指を口の前で立て、顔を真っ赤にしながら「しー」といっている。

 まあ、同情はすまい。サルにふりまわされる被害は、俺のほうが数段上だ。

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