第10章 クラブ見学? 女子マネになりたい? 馬鹿かおまえは!
そうこうしているうちに授業が終わり、放課後になった。
五月は静かに教室を出て行く。俺はそれを見とどけたあと、サルにいった。
「とっとと帰ろうぜ」
「なにをいってるんだ、綾小路」
とたんに男子生徒数名がサルのまわりに群がる。
「愛子ちゃんはこれからクラブ見学だよ、剣道部の」
その中の、坊主頭のいかにも生真面目そうなやつがずいと一歩踏みだしていった。長身で詰め襟のホックをきちんとかけているいかにも優等生っぽい。それどころか、「正義は我にこそあり」って感じで瞳がすみ切っている。きっといままで自分の人生に疑問を抱いたことなど一度もないんだろう。うっとうしいことこのうえない。そういえばこいつは休み時間になると真っ先に、親切そうな顔でサルに話しかけていたな。
「あ、そうそう、
「いや。五月さんの家じゃないから。うちではごく普通の剣道だけ」
「ふ~ん。ま、いいか。それでもおもしろそうだもんね」
「おい如月、ぬけがけするな。剣道部だけじゃなく、愛子ちゃんはいろいろ見て回るんだよ。野球部とかな」
坊主は坊主でも五厘刈りの日焼けした荒々しい男が割って入った。
それにしても、サルを自分の部に勧誘する気か、こいつら? そういえば、昼休みにやたらいろんな部の連中がサルに話しかけていたな。サルのやつ、どうも放課後一緒にクラブ回りをする約束でもしたらしい。
「おまえらどこの部だよ」
「野球部」
「サッカー部」
「水泳部」
「バスケット部」
「柔道部」
「剣道部」
「英語部」
「数学部」
「華道部」
「マンガ研究会」
「ミステリー研究会」
次々に名乗った。
馬鹿か、こいつら?
文科系はわからんでもない。マン研とミス研はサルにあってると思うし、英語と数学もきょうの授業でスーパー振りを見せつけた。だがこいつらにサルの暴走を抑えられるとは思えない。柔道だの剣道だのバスケットだのに至っては絶対に無理だ。サルは頭はずば抜けていいが運動神経はまるでない。ましてや野球だのサッカーだの、マネージャーをやらせるつもりか? 部が崩壊するぞ。
しかしサルは乗り気満々らしく、「女子マネ」と聞いただけで大はしゃぎしている。俺もサルに薦められて少しだけ読んだことがあるが、日本のマンガでは女子マネは部の人気者と相場は決まっている。そして意地悪なライバルを撃破し、キャプテンとできてしまったりするわけだ。ようはそういう部活青春ごっこをしたいらしい。
「やめとけ、みんなに迷惑をかけるだけだ」
俺は心底そう思った。
「馬鹿か、おまえは? 誰も愛子ちゃんを迷惑だと思うはずがないだろうが」
「そうだ、そうだ。おまえは引っこんでろ。たまたま従兄妹だっていうだけの癖に」
俺の一言に連中は怒りだしたらしく、口からつばを飛ばしながら俺をののしる。とくに如月とかいう生真面目剣道くんと野球部の色黒五厘坊主が容赦がない。
「おまえ、愛子ちゃんを守ってるつもりか知らんが、剣道やれば自分で自分の身を守れるようになるんだよ。こいつほっとけばトイレや風呂まで付いていきそうだぜ」
剣道くんがそういうと、みな馬鹿笑いした。
サルの色香に惑わされた馬鹿な野郎たちに俺の気遣いは大きなお世話らしい
「もう、ほっといてよ。だいたい影麻呂、あんた行くところがあんじゃないの?」
サルがいうのは五月のことだろう。しっかり文面を読まれたからな。
「そうだ、行け。なんの用か知らんが行け」
野郎どもはわけもわからず同調する。
「誰が行くか」
俺がそういうと、サルは顔色を変えた。
「ちょっと待っててね。影麻呂と話をつけるから」
むらがる男たちにそういい残すと、俺の手を引いて廊下に出る。
「いい? 絶対行かなきゃだめだよ。乙女がラブレター出して待ってんのよ。無視したら刺されるよ、あんた」
「あれがラブレターに見えるか? 果たし状だ。ひとりで来い、なんていう命令口調のラブレターがどこにある? しかも渡すときに殺気のこもった目をしていたぞ」
俺は内心どっちか判断に迷っていたが、サルがそういうなら果たし状に決まっている。
「はああぁ? あんたってほんとに乙女心がわかんないよね。照れ隠しに決まってんじゃないの。すこしは少女マンガ読んで勉強したほうがいいよ」
だから男はどうしようもないと言わんばかりの顔で睨む。
「第一、五月ちゃんがどうしてあんたと戦わなきゃなんないのよ?」
それは俺こそが聞きたいことだ。
「とにかくあたしはあの人たちと部活回りをするんだから、あんたは五月ちゃんのところにちゃんと行ってよね」
「そうはいかない。おまえを護衛するのが俺の仕事だ」
「護衛なんかいるわけないでしょ。学校の中だよ」
そうともいい切れない。サルは感じなかっただろうが、きょうクラスの中から殺気を感じた。ひょっとしたらきのう五月を襲ったやつがいるのかもしれない。そうだとすると、そいつらがサルをねらわないという保証はない。
そこまで考えて、五月が俺を呼び出した第三番目の可能性に思い当たった。
五月は俺と共闘しようと提案するつもりなのではないか?
それならば行く意義はある。五月の戦闘力は頼りになるし、そもそも俺は敵の情報をまるで知らない。
まあサルも学校で大名行列のように男を従えて歩く分には襲われることもないだろう。
「わかったよ、とりあえず行ってみる。おまえひとりで帰らないで待ってろよ。もし危険な目にあったらスマホのSOSボタンを押して俺を呼べ」
「まあったく心配性ねぇ。いったい誰があたしを学校で襲うってのよ」
サルは「ぐふふ」と笑って、俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「ユマが怖いんでしょう? あたしから目を離すなっていわれてるからさ」
「だ、誰が?」
「それにいざとなれば自分の身くらい自分で守れるんだからね。護身用の武器だってちゃんと持ってんだし」
「いや、頼むから余計なことを考えずに、いざとなったら素直に俺を呼べ。あれは学校で使うにはやばすぎる」
「わかったって、もう」
サルは笑いながら教室に戻ると、取り巻きたちにいった。
「よし、話はすんだよ。行こう」
俺は一抹の不安を感じながらも、学校を出て待ち合わせ場所の神社に向かった。
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