第2章 スケバン対忍者、それがリアル日本だ!

「ねえねえ、影麻呂、なんか思った以上にすごいよ、ここ。あんた男としてそそられない? このへんのお店に入ってみたいんじゃないの?」

 サルは好奇心丸出しの顔で聞いた。


「そんなこといって、ほんとに入ったら怒るくせによ」

「もう。硬すぎんだよ、影麻呂は」

 そういいながらサルはきょろきょろとあたりを見回す。


 まあ、こいつの考えていることはだいたいわかる。歌舞伎町といえば、やくざや中国人マフィアたちの闇の抗争を描いた日本の小説の舞台になったところだからな。

 どこかで中国人マフィアとやくざが死闘をくりひろげているんじゃないかと探しまわっているに決まってる。

 そんなサルの電波を受信したかのように、変な男がひとり寄ってきた。色黒の顔に脱色した長い髪、着くずしたスーツ、ろくな男じゃないのはみえみえだ。


「はぁい、お嬢ちゃん、ちょっといいかな?」

「うひゃあああ。暗黒街の悪者が声をかけてきたぁ」

 サルはどう考えても喜んでいるとしか思えない口調で叫んだ。


「暗黒街? ちょっと冗談きついなぁ。俺、芸能プロダクションのスカウトだよ。よかったら話聞かない?」

「芸能プロダクション?」

 サルの声が裏返った。好奇心ありありのオーラ出しまくり。


「うちではまずプロモーションビデオを撮るの。君可愛いしさ、ボディもナイスじゃん? 君裸になったりするのに抵抗あるほう?」

「ええええ、……あたしって、ナイスボディ?」

 裸と聞いて怒るかと思えば、そっちかよ?

 どうもこいつの貧乳コンプレックスはそうとうのものらしい。


「もちろんさ。君みたいなナイスボディな子が脱いでくれれば売れまくるよ。とくにその形がよくてキュートな胸が素敵だね。それがあってこそのナイスボディさ」


 さすがスカウトマンだけあってサルの弱点を瞬間的に見抜いたらしい。

 このままナイスボディ、ナイスボディといわれ続けたら契約書にサインしかねない。いや、たぶんするだろう。っていうか、するに決まっている。

 俺は仕方なく口を出す。


「おい、連れがいるのに変なスカウトかけるなよ」

「な~んだ、彼氏がいたの?」

 男は一瞬笑ったが、次の瞬間すごい目つきで俺を睨みつけた。


「ふざけんなよ、かっぺ学生が。そんな荷物抱えてもしかしてかけおちかぁ? この大都会で生きていきたかったら、てめえの女売れや。おめえみたいなのはそれしか生きる道がねえんだよ」


 そう叫ぶと、俺の顔面にパンチをぶち込んできた。

 だが逆に吹っ飛んだのはそいつのほうだ。俺のカウンターが顎に決まった。

 まあ、二、三メートルも飛んだだろうか? やがて地面に激突すると動かなくなった。


「か、かっくいいい、影麻呂。まるでボクシングマンガだよ」

 サルは無邪気に大はしゃぎした。

「あんなやつ相手にするな。今のはきっとかの有名なアダルトビデオのスカウトマンだ。いや、ひょっとしたら裏かもしれん」


 日本のその手のDVDは、じつは王国にも輸入されていて、野郎どもには絶大な人気がある。


「裏って、あの、丸出しの陰部をお互いにこすりあって、しかもそれを残さず隠さず映し出したのをえんえんと続けるっていうあの裏ビデオ?」

「そ、……そうだ」


 馬鹿野郎、男の俺のほうが恥ずかしくなるような確認のしかたをするな。そう叫びたいのを我慢して冷静に答える。


「うひゃあああ。あたし、裏ビデオのスカウトマンに声掛けられちゃった。うふふふ、帰国したらお父様に自慢しようっと」


 た、頼むからそれだけはやめてくれ。俺にも立場ってもんがあるんだよ。

 祖国サンリゾート王国軍の最高責任者でもある国王陛下から直々に命令された任務を受けている身だ。

 国王陛下が目に入れても痛くないほどかわいがっている愛すべき第三王女、サル・ル・ミシェール・サンリゾートの護衛という任務をな。


「ほらほら、エッチなビデオにスカウトされるナイスボディな彼女がいてよかったね」

 サルはそんな俺の心も知らず、ウインクをしながら腰をくねらせた。

「馬鹿か、貧乳の癖しやがって。だいいち、おまえは彼女じゃない」

 そういうと、いきなり脚を蹴りやがった。


 それに気をとられていると、後ろからいきなり誰かがぶつかってきた。地面に倒れた俺は思わず怒鳴る。


「誰だ?」


 やはり地面に倒れたやつがいる。ろくに前を見ずに走り、俺にぶつかったんだろう。

 そいつは立ち上がった。

 紺のセーラー服を着た女。スカートは今の流行りに反して長い。足首までありそうだ。俺の貧弱な日本の知識でもかなり古くさいと思える恰好だが、長身でしなやかな獣のような体には妙に似合っていた。

 そいつは腰まで届きそうな黒髪をたなびかせ、透き通るような色白の肌を持ち、すらりと通った鼻筋に切れ長の目という美しい顔立ちだったが、美少女というにはちょっとやさぐれている。まあ、目つきに殺気がこもっているといい直してもいい。しかも手には使い古された木刀が握られていた。


「ス、スケバン?」


 サルはそう叫んだが、あながち間違いとは思えない。俺にもそう見える。

 俺の情報では、スケバンというのはすでに死語で、今の東京にはそういう女子高生はもはや存在しないことになっていたが、どうやらそれは間違いらしい。


「わあい、スケバン、スケバン」


 サルは絶滅したはずのスケバンの登場に興奮し、能天気に騒いでいたが、どうやらそんな場合ではない。

 黒い和服に袴姿の木刀を持ったやつら数名が俺たちのまわりをばらばらととりかこんだ。しかも黒頭巾で顔を隠している。俺にはほとんど忍者に見える。

 どうやら狙いはこの女らしい。

 俺たちは巻き込まれた。冗談じゃねえ。


「すげええ。木刀持ったスケバン対忍者だよ」

 サルは、なんてラッキーなんだと言わんばかりに、大はしゃぎしやがる。


 しかし歌舞伎町で木刀持ったスケバンが忍者の集団に襲われるのが日本だ、なんていえば笑われるのが今の世界の常識じゃないのか? ほんとうは忍者と侍が戦う世界のほうが俺好みだが、それはないものねだりの幻想じゃなかったのか?

 近代国家日本でそんなことはありえない。俺は知識としてその程度のことは前から知っていたし、サルもそういっていた。それどころかここに送り込まれる前に受けた日本人になりすますための地獄の研修でもそう習ったぞ。

 しかしそれは間違っていた。日本ではいまだに忍者もどきがスケバンと街のど真ん中で戦う。それが本当の日本だ。


 ちくしょう、みんなして俺をだましやがって。

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