王女様は日本がお好きっ!
南野海
第一話 王女様襲来
第1章 王女様がやってくる
「どっしゃああ、すっごい人だねえ」
サルは新宿駅に着くなり、心底嬉しそうにいった。
猿じゃない、サルだ。もっとくわしくいうならば、俺と同い年の十五歳の女だ。
顔は幼なじみの俺がいうのもなんだが、かなりキュート。ちょっと幼い雰囲気で、目はいつもびっくりしたように大きい。肌は色白とはいい難いが、ほどよい小麦色はむしろ健康的に見える。髪は耳が出るほどのショートカット。俺の髪型とたいして違わない。ただ少し茶色の髪がよくブラッシングされているせいでさらさらしているのは、ボーイッシュかつ魅力的ともいえる。まあ、ボーイッシュといえば体つきまでボーイッシュで、スリムなのはいいが背は小さく胸の大きさはせいぜい十二歳レベル。本人はそれをけっこう気にしているらしく、俺がそれを口にすると真っ赤になって怒る。
とにかくそのダイナマイトボディとはいえない体にセーラー服をまとっている。それも襟と袖とは刺繍の入った青、上部は純白で、胸の前で真っ赤なスカーフがふわっとふくらんでいる。それにかなり短めなプリーツスカートも襟同様に青。ちょっとおしゃれな感じのする今時の高校の制服だ。
サルの姿は日本人以外の何者でもない。だから第三者からすれば、サルは魅力的ではあるが、それ以外はごくふつうの女子高生にしか見えないはず。
まかり間違っても、太平洋に浮かぶ南の島の国、サンリゾート王国の王女様だなんて思うやつがいるわけがない。
通り過ぎる人がちらちらサルに目をやるのは、単純に可愛い子がいるなっていう感じで見ているんだろう。誰も声をかけないのは、たぶん隣に俺がいるからだ。それもばかでかいスーツケースを引きずり、ほかにもボストンバッグだのリュックだのを担いだ俺が。
俺もサル同様、ふつうの日本人高校生にしか見えないはず。顔立ちは日本人にしては多少彫りが深いし、サル以上に色黒だが、許容範囲だろう。これくらいの日本人はべつに珍しくはないはずだ。体つきは小柄な方だが、もっと小さな日本人高校生はいくらでもいる。服装はノーマルな学ラン。ホックと上の方のボタンだけを外して着ている。ちょっと見回しただけでもこういう格好をしたやつはいくらでもいた。言葉にしたところで、ネイティブなみに日本語をしゃべっているから、怪しむやつなんかひとりもいないだろう。
それにしてもサルじゃないが、とにかく人が多い。成田空港に着いたときも、人の多さに驚いたが、あっちは経済大国日本の国際空港。多くて当然だろう。しかしここはただの駅のひとつにすぎないのに、成田よりもはるかに多くの人がうごめいているような気がしないでもない。
「ね、ね、ジン……じゃなかった、
サルが顔を紅潮させてはしゃぐ。憧れの東京に来て、かなりハイになっている。
回れ右すると、異常なまでに多い人の群れをかき分けながら、改札口へと向かう。
「おい、待てよ、サ……
こっちはばかでかいスーツケースを引きずってるってことを考えろ。
「ったく、なにやってんのよ、遅すぎだよ」
サルは足を止め、ふり返ると、いらいらした顔を見せつける。
むかつく。俺の行く手を阻むように群がるやつらにも腹が立つ。
そんな思いをしながらも、なんとかサルに追いつき、改札口の外に出ることに成功した。
あとはタクシーを拾って、用意されたマンションに行くだけだ。タクシー乗り場は西口にあると聞いている。とりあえずこっちで間違いはないはず。
サルがいきなりタクシーを通りこして街に向かって走りだした。
「お、おい。行きすぎだ。タクシーはそっちにはねえだろうが?」
「タクシー?」
サルはふり返り、怪訝な表情で聞く。
「こんな魅力的な街に来たのに、まさか素通りするつもりじゃないんでしょうね? あんたには好奇心っていうものがないの?」
長旅の後だっていうのになんて元気なんだ。もっともここに来るまで、重い荷物をずっと引きずってきたのは俺のわけだが。
「しえええええ?」
サルが階段をかけ上がり外に出ると、いきなり驚愕の叫び声を上げた。俺がスーツケースを担ぎながら、あとに続くと、夜だというのに駅の中と同じくらいの人混みが街にあふれている。そのせいか、この人の群れという群れがえんえんとどこまでも続いているような錯覚を起こす。サルもきっとそうなのだろう。
だがサルは自分自身驚いたことなど認めず、知ったかぶりをする。
「なにこれくらいの人ごみで驚いてんのよ。王国の繁華街にだってこれくらいの人はいるし。そんなことより新宿西口といえば高層ビルよ。今はこのあたりにあるビルの陰に隠れてよく見えないけど、少し足を伸ばせば、目もくらむような高さの超高層ビルがジャングルのように建ち並んでるんだよ」
サルのくりっとした目はきらきらと輝き、顔は赤く、鼻息は荒い。どう見ても俺以上に興奮しているのは明らかだ。
「これからこの街を探検するよ」
そう宣言すると、踊るように百八十度ターンし、俺のことをふり返りもせずにスキップしながら人ごみの中に突進していく。
「ちょっと待て」
俺は膨大な荷物を抱えながらも、見失わないようにあとを追うしかなかった。サルは当然のように高層ビルの真下まで息を切らせながら走った。
それは間近から見上げると、とんでもないものだった。まさにそびえたつ摩天楼。てっぺんまで行けばひょっとして空気が薄いんじゃないだろうかと思えてしまう。
いや、もちろん俺たちの国にだってビルくらいあるさ。ましてや、サルの住んでいたのは王宮だから立派さでは負けない。だが日本よりも人口密度が低いせいか、あまり高い建物はないし、こんな狭いところにぎゅうぎゅうと密集して建っていない。その点が大きく異なっている。だからこんなものがぼんぼんとそこら中に建っている様子は、はっきりいって信じがたい。
もちろんサルは大喜びだが、こいつの好奇心はそれでおさまるどころか火がついた。
「影麻呂。ここまで来たら、かの有名な歌舞伎町に行こうよ。あんたも行きたいよね、男だもん」
そういって、ツンと尖った小さな鼻をぷっくりとふくらませると、俺の都合など考えずに走り出した。
「ねえねえ、歌舞伎町の一番怪しそうなところはどっち? ……え? んん~っと、つまりとにかくエッチそうなところ」
すぐに場所がわからないことに気がついたらしく、道ゆく中年男に無邪気な顔で聞いた。おっさんがどぎまぎしながら答えると、サルは「ありがとう」と笑顔で叫んで飛んでいく。
今のおっさん、絶対勘違いしてるだろうな。どう考えても、面接に行く女の子の台詞だぜ、あれは。
そんなことを考えつつも必死で追うと、やがてやたらエッチな看板が目に入るようになる。このあたりがそうらしい。
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