第2章 部屋が盗聴されてる? ほんとかよ?

 けっきょく明智サル率いる少年探偵団は放課後、職員室に向かった。もちろん掃除当番はきちんとこなしてだ。

 サルは職員室の扉を開けると、ずんずんと中に進む。俺たちは仕方なくサルのあとを追った。


「浅丘先生」

 サルは浅丘先生を見つけると、大声で呼びかける。

「あら、なにかしら?」

「先生にどうしても聞きたいことがあるんです」

「聞きたいこと? 相談ってことかしら。ここじゃいえないことですか?」

「はい、できれば別の部屋で」

「じゃあ、相談室に行きましょうか」

 そういう浅丘先生は子供っぽい顔に不安そうな笑みを浮かべた。妙にハイテンションなサルがなにをいい出すか心配してるんだろう。まあ、よくわかる。俺もサルからこんな感じで相談を待ちかけられたら、どうせろくでもないことが起こるに違いないって思うのは間違いないからな。しかも手下のように三人も引き連れてくればなおさらだ。


 浅丘先生は俺たちを引き連れ、職員室を出た。相談室は職員室のすぐ近くにいくつか並んでいる。一般の教室と違って開き戸になっていて鍵がかかるようになっているらしい。先生は鍵を取り出すと、第三相談室を開けた。


「ここが一番大きな相談室です」

 俺たちが四人で押しかけたから、一番大きな部屋を選んだんだろう。

 中は小さな会議室といった感じで、テーブルをパイプ椅子が囲んでいる。

「誰かお茶を入れてくれますか?」

 浅丘先生は鍵を閉めながらいう。サルが「は~い」と元気に返事をしたが、仕事を横取りした。「なんでよう」とぶーたれたが気にしない。サルが入れたお茶というのがとても危険なものに思えて仕方がない。

 こいつが適切なお茶の量というものを把握しているわけがないし、そもそも入れ方を知っているかどうか疑問だ。こいつの日本の知識は好きなことに関しては異常にくわしいが、興味のないことはまったく知らないからな。


「あんたは座ってな」

 けっきょく、俺も仕事を五月に横取りされた。まあ、こいつは料理はだめそうだが、子供のころから武道をやっていた体育会系女だからお茶の入れ方くらいは知ってるだろう。そういうところじゃ、後輩が先輩のためにお茶を入れたりするのは当然らしいからな。

 五月とこずえが茶を配り、俺は腰を落ち着けるとまったりと茶を飲み出した。


「それで、相談ってなにかしら?」

 そういったあと、浅丘先生は不安をごまかすかのようにお茶を飲む。

 サルは身を乗り出して叫ぶ。

「先生、怪人するめ男につけ回されてるって本当ですか?」

 浅丘先生は茶を吹いた。


「えへん、えへん。いったいなにをいい出すんですか?」

「ええっ、違うんですか? 夜な夜な枕元に黒いスーツを着た男が亡霊のように現れて、するめを囓ってにやにや笑っているって聞いたんですが?」

 すでに話が違ってきている。噂というものはこうやって誇張されていくのだろう。


「ば、馬鹿なことをいわないでください。それじゃ、ただのお化けです」

「とにかく、怪人するめ男につけ狙われてるんですよね?」

「いったい誰に聞いたんですか、それ?」

「こずえちゃんです」

「え、いや……その」

 いきなり振られたこずえはあわてるが、否定はしない。


「先生のアパートのそばじゃ、評判になってますよ。あたし先生んちの近くに住んでるんです」

 こずえがそう答えると、浅丘先生は深いため息をつく。

「そ、それってひょっとして噂になってるんですか?」

「もちろんです」

 いや、校内ではなってないと思うぞ、まだ。ただ、きょう教室で、サルが大声でその話をしていたから噂になるのは時間の問題ともいえるが。


「はあぁ、困ったわね」

 浅丘先生は頭を抱える。

「べつに困ることはありません。あたしたちがそいつの正体をつきとめて、退治してあげます。そのために少年探偵団を結成したんですから」

 サルは胸を張っていった。


「えへん。いいですか? べつに被害にあったわけじゃないし、ひょっとすると相手はうちの生徒かもしれないんです。わたしはことを大きくしたくないんです」

「つまり警察沙汰にする気はないってことですよね? だからこそ、あたしたちが動くんですよ」

 浅丘先生は不安そうな顔でサルを見つめる。


「あなたに頼むとなにかとんでもないことになるような気がするのは気のせいかしら?」

 いや、絶対に気のせいじゃない。なかなか人を見る目はあるぞ、浅丘先生。

「気のせいです」

 だがサルはこれ以上ないというくらい毅然とそれを否定した。


「わかりました。噂にまでなってるんじゃ仕方ありません。お話しします。だけど、えへん、約束してください。危ないことはしない。もし犯人が見つかっても勝手に追いつめたりしない。同意できますか?」

「わっかりました」

 サルは目を輝かせて返事した。


「あれは一週間前のことでした」

 浅丘先生は覚悟を決めたらしく、お茶を一口飲むとまじめな顔で話を始めた。

「わたしは仕事帰り、駅からアパートに向かっていました。途中で誰かがわたしのあとをつけていたことに気づいたんです」

「ふんふん、それで?」

 サルは好奇心いっぱいの顔で相づちを打つ。まあ、こずえの反応も似たようなものだ。内心しらけていたのは俺と五月くらいだろう。


「ちょっと距離があったんですが、わたしが振り向くと、足を止めて顔を背けるんです。黒いスーツを着た男で、帽子を深々と被っていたので顔ははっきりとは見えませんでした。ただ若い男のような気がします」

「ほう~っ。で?」

「わたしは怖くなって走りました。アパートの前までやってきたとき、まわりをきょろきょろ見渡すと、とりあえず怪しい男はいませんでした。それで安心して部屋に入ったんですが……」

「ちっとも安心じゃなかったわけね?」

「愛子、おまえ先走りすぎだ。先生の話を聞け」

 俺がたしなめた。こいつはちっとも事情聴取に向いていない。相手よりも興奮してどうする。


「ええ。とりあえずはお風呂に入ったり、テレビを見たりして忘れていたんだけど、ふと気になって、窓から外を見てみたの。そしたら、電柱の影に例の黒いスーツの男が立っていたんです」

 そのときのことを思い出したのか、浅丘先生の顔には恐怖の色が浮かんだ。

「つまり、そいつがするめを食ってたわけですね」

 サルが小鼻をふくらませながら叫んだ。


「あ、いえ、そのときは恐怖でそんなことわかりませんでした。ただ、次の朝、その電柱のところを見てみると、ビールの空き缶と、食べかけのするめの袋が落ちてたんです」

「どひゃああああ」

 サルが大げさに騒ぐ。


「わたしはそれ以来見ていないんですが、同じアパートの人とかが、夜部屋に戻るとき、するめを囓っている黒い服の男を見たとかいうんです」

「ひょえええええ」

 馬鹿馬鹿しい。俺は大騒ぎするサルを尻目にそう思った。


 黒っぽい服を着た男なんて珍しくもなんともないからな。ましてや夜なんだから濃い紺色やグレイのスーツが黒に見えても不思議はないだろう。最初にあとをつけていた男はたまたま帰り道が同じだけだったかもしれないし、電柱の陰に隠れていた男は別のやつかもしれない。そのするめだってそいつが食っていたかどうかわかったもんじゃない。後日、するめを食ってるところを見られた男は、まったく無関係の別人かもしれないじゃないか。


 だがサルはそうは思わなかったみたいだ。黙りこくって、なにか必死になって考えている。かわりにこずえがとんでもないことを断言した。

「先生。それはきっと部屋を盗聴されています」


「ええええ? ほんとうですか?」

「だってそいつ夜先生の部屋のまわりをうろつくだけで、それ以上のことはしないんでしょう? 下着を盗ったとか、部屋に入り込んだとかしないのにアパートを張り込むのは盗聴しか考えられません。盗聴器っていうのは遠く離れると受信できなくなるから、先生が部屋に帰るのを見計らって、外で張り込みして聞いてるんですよ」

「ど、ど、ど、ど、どうしましょう?」

 浅丘先生は顔を真っ青にして叫んだ。逆にサルの顔は明らかにわくわくしている。


「だいじょうぶです、先生。あたし盗聴器を発見する機械持ってます」

 さらにこずえがとんでもないことをいい出した。こいつはこいつでいったいぜんたいどういう女子高生なんだ?


「やりぃ。さすがこずえちゃん」

 サルがなんの疑問も持たずに絶賛した。

「な、なんでそんなものを持ってるんですか?」

 浅丘先生はとうぜんの疑問を口にする。


「そんなのアキバに行けばふつうに売ってます。中学の時、友達が盗聴されてるかもしれないって脅えてたんで、あたし買ったんです」

 こずえが胸を張っていう。


 友達のためとかいいながら、単純にそういうことが大好きなんじゃないのか、この女は? 古い探偵小説には興味ないようなことをいってたが、たんに食わず嫌いなだけかもしれない。


「決まり。今夜は先生んちで盗聴器探しだよ」

 サルが宣言した。

「じゃ、じゃあお願いしていいかしら」

 浅丘先生も盗聴器だのと脅されてるから、反対しない。むしろ積極的にやって欲しそうな顔をしている。


「じゃあ、きょう夜九時に先生んちに集合。いいよね、影麻呂、五月ちゃん」

「あたしも行くのかよ? 道場での稽古があるんだぞ」

 五月がうんざりした様子でいう。俺もまったくの同感だ。


「あったりまえじゃないの。武闘派がいないと心許ないでしょ? ひょっとしたらするめ男と対決するかもしれないんだからさ。早めに稽古を切り上げてきて。もちろん木刀持ってね」

 俺の意思の確認はもちろんしない。もっともサルが危ないことに首をつっこむ以上、俺はついて行かないわけにはいかないが。


「さあ、対決よ、怪人するめ男」

 サルは拳を突き立て、じつに楽しそうな顔で吼えた。

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