第三話 王女様対怪人するめ男
第1章 怪人するめ男だあ? ふざけんな!
「お弁当食べてるときの愛子ちゃんて、幸せそうね」
こずえが真ん丸めがね越しに目をめいっぱい見開きながらいう。それほどまでに、サルは体全体から幸せオーラを発散させながらコロッケを頬張った。まあ、サルにとって、学校での昼休みの楽しみはなによりも弁当だ。王国にいるときは授業の合間に料理人が作った料理を食べていたが、日本のマンガなどを見て、教室で机をつきあわせて弁当を広げることにあこがれていたらしい。そして今、それを友達とテーブルを囲んで食べているのが、たまらなく楽しいのだろう。
「え? こずえちゃんはお弁当食べてるときって幸せじゃないの?」
サルはそんな人間がこの世に存在するのだろうかとでもいった顔で聞く。
「そんなこともないけど、いわば程度の問題よ」
「程度?」
「あたしがお弁当食べてるときに感じる幸せを十とすると、愛子ちゃんの場合、少なくとも百はあるんじゃないの?」
「それはよくないよ、こずえちゃん。それじゃあ、人生の楽しみを半分捨ててるよ。お弁当食べてるとき感じる幸せがあたしの十分の一しかないんじゃ、不幸だよ。心の中に木枯らしがぴゅーぴゅー吹いてるよ」
サルは断言する。
「わはははは。それじゃあ、大半の人間の心の中は木枯らしぴゅーぴゅーだ」
後ろの席から五月がサンドイッチをかじりながらちゃかす。
「ほうら、お弁当を幸せに食べられない人間は、五月ちゃんのようにやさぐれるんだよ」
サルがそういうと、五月は鼻で笑った。
「それはそうと、愛子、おまえが影麻呂の弁当まで作ってんのか?」
五月が少しとげのあるいい方をする。
そういったのは、俺とサルの弁当のおかずが一緒だからだろう。五月は俺とサルがふたりでマンション暮らししていることを知っているし、常識で考えれば、サルが俺の弁当も作ったと思われても仕方がない。なにせ、こいつは転校の自己紹介のとき、お菓子作りが趣味とかいうとんでもない嘘をついたくらいだからな。
だが断言する。弁当を作ったのは俺だ。
このままでは俺は望みもしないのに料理の達人になっちまいそうだ。
「あ、ひょっとして妬いてんの、五月ちゃん?」
「誰がだ?」
五月は面白くなさそうにいい返す。
「うひひ、今度、五月ちゃんも影麻呂に弁当作ってあげるといいよ。喜ぶよぉ」
「黙れ」
ううむ。推測するに、五月の料理の腕はサルと互角と見た。頼むから無理して弁当なんて作ってくるんじゃないぞ。
「くそ、影麻呂め、うまいことやりやがって」
ふと、近くの席から男のつぶやくが聞こえる。
「愛子ちゃんの弁当を」
「影麻呂のやつだけが」
「なんであいつが」
俺は自分で作った弁当を食べているだけで、クラスの馬鹿どもの恨みを買っているらしい。
「ところでねえ、知ってる?」
こずえがいたずらっぽい目をしながら、こっそりといった。
「浅丘先生、ストーキングされてるらしいわよ」
「ストーキング?」
サルの大きな目が、週刊誌の記者のように光る。
「どんなやつ? どんなやつがストーキングしてるの?」
「それがねえ、なんと相手は怪人するめ男」
俺は食おうとしたエビフライを落としそうになった。
いったいぜんたいなんだそりゃあ?
「え? するめ? なになに、いったいどういうこと?」
サルは当然興味津々で聞く。
「ええとねえ、浅丘先生のアパートのまわりに夜な夜な出没するらしいの。黒いスーツを着て、黒い帽子を目深に被った若い男らしいのよ。ひょっとしたらうちの学校の生徒かもしれないわ。ううん、きっとそうよ、浅丘先生に横恋慕してストーカーになった男子生徒よ」
「ひえええええ」
サルが驚きの声を上げるや、こずえは舌なめずりする。めがねがきらーんと光ったような気がした。
「浅丘先生が夜、なにげなく窓から外を見ると、電柱の影にそいつが立っていて、ビールを飲みながらするめを食ってたの」
「あひゃひゃひゃひゃあ。なにそれ~っ?」
サルが腹を抱えて笑い出す。
「馬鹿馬鹿しい」
後ろで聞いていた五月があきれた声でいった。
「笑い事じゃないのよ。つまりその男は浅丘先生を張り込みしてたのよ。で、張り込みのおともがビールとするめ」
「そいつ、そんなにするめが大好きなんだ?」
「そうそう」
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
さすがにそれ以上聞いているのは馬鹿らしくなった。缶ビールにするめだ? 黒いスーツ着たままで夜、路上でそんなことをしてれば目立つだろうが。
「面白い」
それまで狂ったように笑っていたサルが、真顔でぽんと手を打った。
「こずえちゃん、そういうことなら放課後、浅丘先生に事情聴取に行かなくっちゃね」
どうやら悪いスイッチが入ってしまったらしい。
「え? 事情聴取って?」
こずえが目をぱちくりする。
「決まってんじゃない。怪人するめ男と対決よ。その正体を暴くのよ。少年探偵団だよ」
そう断言したサルの顔は、ぱぁ~っと輝いている。
その団っていうのはなんなんだ? ひょっとして俺も入っているのか?
「なんか面白そうだけど、危なくない?」
こずえが常識的な意見を述べる。
「だいじょうぶだよ、助さん角さんに守られてるんだから。ね、五月ちゃん」
五月は飲んでいた牛乳を吹きそうになった。
「いつあたしがおまえの助さんになったんだ?」
「またまた~っ、本当は嬉しいくせにぃ。角さんと一緒に仕事がしたくてたまらないくせにさ」
その角さんというのは俺のことなんだろうな、聞くまでもなく。
そしてこの黄門様は印籠を持っているが、出すことは許されない。サルがサンリゾート王国の第三王女だっていうのは国家レベルのトップシークレット。べつに、そのことを知らずに無礼三昧働いた悪人たちを、あとで「へへ~」っとひれ伏せさせるために秘密にしているわけじゃない。サルはそれを秘密にすることを条件に日本に来ることを許された。正体がばれると、危険が及ぶおそれがあるからだ。
「おまえは少年探偵団ごっこがしたいのか、それとも水戸黄門ごっこがしたいのか、どっちなんだ?」
俺がそういうと、サルはにんまり笑って俺の肩をたたいた。
「少年探偵団に決まってるじゃない。影麻呂、あんたは小林少年に任命してあげるよ」
なんだそれは? 俺は日本のチャンバラが大好きな関係上、時代劇にはくわしいが、ミステリーはあまり読んだことがない。少年探偵団というのはかろうじて聞いたことはあったが、それがどんなものなのかはよく知らない。
「で、五月ちゃんは中村警部。こずえちゃんはポケット小僧かな?」
「誰だそれ?」
「なにそれ?」
ふたりが同時にいう。
「え? 知らないの? 江戸川乱歩読んだことないの?」
「今時読むか、そんなもの」
「ごめん、あたしも」
サルは日本人のくせになんて嘆かわしいんだとばかりに、天を仰ぐ。
「五月ちゃんはともかく、なんでこずえちゃんまで読んでないわけ?」
「ごめん、ああいう古くておどろおどろしいの嫌い。もっと明るくて楽しそうで、ちょっとエッチっぽいミステリーなら読む」
まあ、日本人でさえよく知らないことをサルが知っているのもどうかと思うが。
「で、おまえは誰の役をやりたいんだ?」
五月があきれ顔でいう。
「え、まさか五月ちゃん、名探偵明智小五郎すら知らないの?」
「知らないと悪いのか?」
「ああ、なんてこと。こうやって日本人は文化を失っていくんだよ」
サルは真顔で嘆いた。
「とにかくきょう、放課後、浅丘先生のところへ聞き込みに行くからね」
「ちょっと夏島さん」
「へ?」
サルはいきなり横から話につっこまれてまごついた。声をかけたのはクラス委員の
「あんまり馬鹿なことに、クラスメイトを巻き込まないで欲しいわ。それにあなたきのう掃除当番さぼったでしょう。探偵ごっこもいいけど、ちゃんと当番はこなしてよね」
「ご、ごめんなさ~い」
サルはいまひとつ、彼女が苦手らしい。五月はそれを見て、「へへっ」と笑う。
昼休みが終わる予鈴が鳴る。
「あ、まだお弁当こんなに残ってるぅ」
話に夢中で、途中で弁当食うことを忘れていたらしい。サルはあわてて残りを口に詰め込んだ。
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