第3章 するめ男からの予告状? マジかよ!

 けっきょく、バラバラに行くのもなんだということで、駅集合となった。

「あ、五月ちゃん、こっちだよ~っ」

 道場の稽古のため、最後になったのは五月だ。五月の姿を見つけたサルが叫ぶ。

 五月はいざというときに動きやすいためか、上下ともブランドもののジャージだった。もちろん手には布袋に入れた木刀を持っている。その風にたなびく長い髪がなければ、ちんぴらやくざの殴り込みかと見間違いそうだ。


「なんだおまえら、その格好は?」

 五月が驚くのも無理はない。サルはグレイの男物スーツにつばのついた帽子姿だ。おまけに火のついていないパイプまで咥えている。名探偵気取りのつもりらしい。明智というのはよく知らんが、俺にはホームズに見える。

 こずえはこずえで変だ。上下ともベージュの作業着。手には工具箱。三つ編みと丸めがねと作業着という一見取り合わないものが、こずえにかかると妙に似合っている。工業高校の実習に間違って紛れ込んだ女子中学生という気がしないでもない。

 もちろん俺はふつうの格好だ。ジーンズにチェックのシャツというふつうのな。


「気分よ、気分。こういうのってやっぱり形からでしょう?」

 いや、形からって、……誰がどう見たって盗聴器を探りに行く集団には見えないと思うぞ。かといって探偵集団にも見えん。


「いざいかん」

 サルの号令で、俺たちは駅から先生のアパートに向かった。

 このあたりにくわしいこずえが先頭に立つ。浅丘先生のアパートの場所もこいつが知っているらしい。

 歩いてみると、それなりに人通りも多いし、街灯の数もあって暗くはない。


「まだか?」

 五月が面倒くさそうに聞く。

「もうすぐそこ」

 コンビニを通り過ぎそうになったとき、サルが叫んだ。

「ねえ、先生んちに行く前に、ここに寄っていこうよ」

「なんだお菓子でも持って行く気か?」

 俺がそういうと、ちちちと人差し指を振り子のように振る。

「そうじゃないよ。するめ男はきっとこのコンビニでするめを買ったと思うんだよ。聞き込みをするに決まってんじゃない」

 なるほど、一理ないでもない。


「そうね、このあたりにはコンビニはここだけだし、その可能性は高いかも」

 こずえも同意する。

 サルは意気揚々としてコンビニに乗り込んだ。レジにいる二十歳前後の人の良さそうな男子店員のところへつかつかと歩み寄ると、にっこりとほほ笑んだ。


「ねえ、お兄さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんでしょう?」

 さいわい他に客が並んでいることもなかったので、店員は愛想よく答える。


「ここ一週間くらいの間、するめを買っていく黒ずくめの男いない?」

 店員は「何者だ、こいつら?」って顔で俺たちを眺めた。まあ、無理もないが。逆の立場ならば俺だってそう思うだろう。

「う~ん、そういえば、いたな、そんな人。だけど……」

「くわしく教えてくれない?」

 サルはとびっきりの笑顔で可愛い子ぶる。


「う~ん。だけど警察でもない人に、お客さんのことを勝手に教えるのはなぁ」

 警察でもない人、というより、怪しいやつらには教えられないといいたげだ。

「そいつ、ストーカーなのよ。あたしたちの先生のあとをつけ回す悪いやつなの。だから教えて」

 サルはでっかい目をうるうるさせながら哀願した。


「教えるったって、なにも知らないよ。名前も住んでるところも」

「どんなやつ?」

「よくわからないよ。サングラスをかけていたし、帽子も深々と被っていたからね。まあ、背格好はそこにいる彼と同じくらいかな」

 そういって、俺を指さした。はっきりいっていい気はしない。

「肌や口元を見た感じじゃ、年も君たちと同じくらいかな? スーツとか着てたけどね」

 ますますうちの学校の生徒の可能性が高まる。


「ほかに特徴は?」

「それ以上はわからないよ。一言もしゃべらなかったし。もう帰ってくれないかな。お客さんが並んでるんで」

 後ろを見ると、かごを手にした客が不満げに俺たちを見ている。

「ありがとう」

 サルは礼をいうと、あっさり店を出る。俺たちもそれに従った。


「たいした収穫はなかったな」

 俺がいうと、サルは馬鹿にしたような顔をする。

「そんなことないよ。するめ男がここでするめを買ったことがはっきりしたし、年もあたしたちくらいだっていうのがわかったでしょ? そうなると常識で考えても、怪しいのはうちの学校の生徒だよ。しかも背格好までわかったのよ。あんたはけっこう小さい方なんだから、同じ程度の身長のやつならかなり数が絞られるじゃない」

 いや、同じ年頃ってだけで、うちの学校の生徒と決めつけるのは無理があるぞ。となると、けっきょくなにもわからないに等しい。


「ま、とにかく浅丘先生のアパートに行こうよ。盗聴器が見つかれば、さらに犯人が絞れるはずだよ」

 サルの号令で、浅丘先生のアパートに向かう。そこからはすぐのところだった。

「ここよ」

 こずえが指さしたアパートは、木造二階建てと思われるもので、おんぼろではないが、新築ともいい難い。ひとり暮らしの仮住まいとしても、あまり住んでいることを自慢できるところではない。


 先生の部屋は一階の一番手前の部屋のようだ。サルが呼び鈴を押す。

「どうぞ」

 浅丘先生はドアを開け、俺たちを招き入れた。童顔の先生がジーンズにトレーナーという格好をしていると、教師というより女子大生かなにかに見える。

 中はキッチンとバスルームが入り口のそばにあり、その奥に一部屋ある。日本流にいえば八畳くらいの広さか。

 その中は本であふれていた。本棚には入りきらず、床に山積みになって足の踏み場もほとんどないくらいだ。きっとこれでも俺たちが来るっていうんで、必死になって片付けたに違いない。散乱した本の背表紙を見ると、社会科の教師らしく地理や歴史や政治関係のものも少なくない。しかしそれと同じくらいマンガがあふれていた。やはりというか、サルが授業中に隠れて読んでいたこずえの本を没収するときの嬉々とした顔から予想はしていたが。

 本棚の一部にカーテンが掛かっているが、あの中にはいったいどんな本が埋まっていることやら。

 俺はこれに似た部屋を見たことがある。サルの部屋だ。


「これは、あ、ほら、え~っと、やっぱりマンガとかも読まないと生徒の気持ちがわからないから」

 しどろもどろになって説明する。

 はっきりいって誰も信じてない。サルとこずえは同類を発見したとばかりにうんうんとうなずいている。


「は~っ、この本の山の中から盗聴器を探すのか?」

 五月はあきれ顔でつぶやいた。

「だいじょうぶ。これを使えば場所を特定できるから」

 こずえは工具箱からなにやら取り出した。トランシーバーのようなものだ。

「ええと、電気製品はスイッチを切ってますよね」

 そういいながら、あたりを見回す。テレビ、パソコン、電子レンジ。すべて電源は入っていないようだ。それを確認したあと、トランシーバーのようなもののアンテナをびよ~んと伸ばす。そしてスイッチを入れた。


「むむっ、反応あり」

 こずえが叫んだ。

「ええええ? 本当ですか?」

 浅丘先生は飛び上がった。同時にサルの目は不謹慎にも輝いた。

「たぶん盗聴器があるのは間違いないです。あとは場所を特定しなくっちゃ」

 こずえはそういうと、伸ばしていたアンテナを縮めた。

「こうすると感度が落ちるから、近くに行かないと反応しないんです」

 今度はそれを持って、歩き回りながらアンテナの先をあちこちに向ける。


「こずえちゃん、かっこいい」

 サルはその姿を見ながら心底感心した様子だ。目の中に星が舞っている。

「コンセントや延長コードはだいじょうぶそうですね」

 こずえは機械を近づけながらいう。延長コードや二股ソケットに盗聴器を仕込むという話は俺も聞いたことがある。電池を取り替える必要がないし、ソケット自体が盗聴器なので怪しまれない。

「ねえねえ、あたしにもやらせて」

 サルが鼻息を荒くしながらいった。

「おいおい、遊びじゃないんだ。じゃまするなよ」

 俺は牽制したが、こずえは笑顔で機械をサルに渡した。

「だいじょうぶ。簡単だから。怪しそうなところにこれを近づけるだけ。電波が出てると、メーターが反応するわ」

 サルはふんふんとうなずくと、さっそくあたりかまわず機械を当て始めた。


「蛍光灯はどうかしら?」

 こずえの指示に、サルは背伸びをして機械を天井の蛍光灯に近づけた。反応なし。

「テレビは? パソコンは? ベッドの下は?」

 こずえはつぎつぎに指示を出す。サルはそれに従い、嬉々として機械を近づけるが反応はないようだ。


「う~ん、燃えてきたよ」

 こずえの瞳が燃えた。サルもそれを見て負けじと炎を燃やす。

「このへんが怪しそう」

 サルは本棚のカーテンが掛けられた一角をねらう。

「ややっ、反応あり。針がピコーンと揺れたよ」

 サルが嬉しげにいうと、「げっ、そこ?」と浅丘先生が動揺した口調で叫んだ。


「影麻呂君と五月さんはあっち向いてて」

 浅丘先生が毅然とした口調でいった。やれやれ、あのカーテンの下にはいったいなにが隠されていることやら。

 俺と五月が並んで背を向けていると、後ろからサルとこずえの声が聞こえてくる。

「あやや」

「お、こ、これは」

「ひょえええええ」

「き、希少本だわ、これ」

「ひゃあああ、エッチ、エッチだよ、これ」

「先生、なんでこんなもの持ってるんですか?」

 おまえら盗聴器を探してるのか、それともマニア本あさってるのか?


「なあ、あたしたちここにいる意味あんのか?」

 五月がいう。はっきりいって俺もはなはだしく疑問だ。するめ男がこの部屋に乗り込んでくる可能性はほとんどないからな。

「そもそも愛子の護衛ならおまえひとりで十分だろうが。あたしまで駆り出しやがって」

 しかし五月はそうはいいながらも、ちょっとだけ嬉しそうに見えるのは俺の気のせいだろうか?


「あったあ、本に挟まってたよ」

 サルが叫ぶ。その手にはクレジットカードほどの大きさと厚さのものが握られている。

「ほらほら」

 サルはそれに機械を近づけたり離したりする。すると明らかにメーターがその動きに反応した。

「間違いないわ、これよ」

 こずえも自信満々で太鼓判を押す。


「やい、するめ男、盗聴器は見つけたぞ。おまえの悪巧みはこれまでだ」

 サルが盗聴器に向かって怒鳴る。

 見つけたことを黙っていた方が、犯人特定には便利なような気もするのだが。たとえば罠を張るとか。だがサルの頭からはそういうことは消え失せているらしい。


「まあ、よかったじゃないか。一安心だな」

 五月がそういったとき、浅丘先生のスマホが反応した。メールらしい。

「ひゃあ」

 浅丘先生はメールを読むと短い叫び声を上げ、真っ青になった。

「なんだ、なんだ」と俺たちは集まり、スマホのモニターをのぞき込んだ。

 そこにはこう書かれてある。


『いい気になるなよ。盗聴はここまでだ。あした学校で直接襲ってやる。するめ男』


 怪人するめ男の予告状だ。

「上等じゃない。するめ男、あんたの好きにはさせないからね。浅丘先生は必ずあたしたちが守ってみせるよ。命に代えてね」

 サルは盗聴器に向かって啖呵を切る。そして浅丘先生に向き直ると、にっこりと笑った。


「そういうことだから、心配しないでね、先生」

 浅丘先生は放心したような顔でうなずきながら、よろめいた。

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