第5章 青天ポーカー? なにそれ、おいしいの?

 俺たちはポーカーテーブルに案内された。ルーレット台にいた観客たちが、野次馬となってぞろぞろとついてくる。もはや完全に見せ物と化している。玉城はディーラーとしてテーブルに着き、サルはそのまん前の席に座った。


「サ……愛子、考え直せ。これ以上の勝負は意味がない」

 俺は後ろからサルの耳元にささやく。


「だいじょうぶだよ。心配性だね、影麻呂は。絶対にこの店を潰すまで勝つんだから」

 サルが大声でいうと、野次馬たちは笑った。冗談でいっていると思っている。まあ、それが常識人の一般的な反応な訳だが。


 玉城も余裕の笑みを見せ、サルにいう。

「勝負はセブンスタッドでいいでしょうか?」

「いいよ」

 サルはにっこり笑った。


「なんだ、セブンスタッドって?」

 横から五月が聞いてきた。俺もよくは知らない。まあ、ポーカーの一種だということくらいは想像がつくが。


「最初にカードを伏せて二枚。晒して一枚配るのよ。その時点で一回目の賭け。次に一枚ずつ表向きに配るの。その都度ベッドしていって、七枚目は伏せる。最後に七枚のうち、五枚選んで勝負するわけ」

 サルがいった。


 なるほど、最初の二枚と最後の一枚は、プレーヤーは自分の分しか見られないが、途中のカードは自分の分を敵に見られるかわりに、相手の札も見える。つまり、ふつうのポーカーに比べ、互いに相手の役を読みやすい。はったりがききにくいともいえる。

 それに最初の段階ではお互いどっちが有利かわかりにくいが、掛け金が上がってきた段階で、有利不利が目にわかるようになってくる。つまり、最初に調子に乗って大量のチップを賭けた場合、途中で不利になったのがばれて、にっちもさっちもいかなくなることになりかねない。

 玉城は新品のカードの封を切った。


「調べますか?」

 そういって、カードをテーブルの上に置くと、そのまま手を横に大きく滑らせる。カードが表向きで横一列に重なり合ったまま並んだ。

 サルは数枚手に取ると、表裏をちらっと眺めたが、すぐにデッキに返す。


「信頼しとくよ」

 サルが無造作にいうが、俺が口を挟む。

「いや、だめだ。とことん調べさせてもらうぜ」

 俺はカードを一枚手に取ると、裏を見た。なにか目印があったらたまったもんじゃないからだ。


 裏は真っ白で印になるものは一切ない。さらに手で表面をなでてみたが、違和感はまるでなかった。さらにいろいろな角度から光に反射させてみたりもした。念のため、ほかのカードも何枚かランダムに調べてみた。異常はない。


「気がすみましたか?」

 玉城はほほえんだ。


「だいじょうぶだよ、影麻呂。こいつもいっぱしのギャンブラー。そんなちんけはいかさましないって」

 サルがなんの根拠もないことをいい放つ。だが、少なくとも俺にはカードにいかさまの種は見つけ出せなかった。しかしプロのいかさま師ならカードを配る段階でいくらでもすり替えなどの小手先のテクニックを使えるだろう。カードシューとかいう、カード入れに入れて配るにしても、安心できない。


「なんでしたら、お嬢さん、あなたが配りますか?」

 よほど自信があるのか、玉城は笑顔でいう。

「ただし、僕の目は節穴じゃありませんから、いかさまをすれば見逃しませんよ」

「え? いいよ。めんどくさい。あ、影麻呂、あんたが配れば?」

 もちろん異存はない。俺が配る以上、玉城にできるいかさまの種類は大幅に減るだろう。


「いいのか、俺が配っても?」

「ええ、もちろん。あなたならいかさまもできそうにありませんし」

 見くびられたもんだ。まあ、実際そんなことは一切できないが。

「ただし、ディーラーを引き受けるならそれに徹してくださいよ。ディーラーがプレーヤーにアドバイスを送ってはいけません」

 俺は承知した。どのみちサルにアドバイスできるほどギャンブルにくわしくはない。

 玉城は俺に配り方とルールのレクチャーをした。それを頭にたたき込む。


「あ、忘れていました。ふつうカジノのポーカーではジョーカーは使いませんが、うちは特別にジョーカーを入れます。もちろん、ワイルドカード。つまりなんにでも代用がききます。いいですね?」

「べつにいいよ」

「じゃあ、ジョーカーは抜きませんよ」

 玉城はテーブルに並んだカードの端っこにあるジョーカーを指さし、あることを確認するとカードをまとめ、俺にくれる。そのままディーラー席を俺にゆずり、自分は客側に座った。もっともサルとはすこし距離を置いている。

 俺はカードをシャッフルする。


「君、彼女のチップを代えてあげたまえ」

 玉城は近くにいたバニースタイルの女性スタッフに声をかける。彼女は「かしこまりました」と一礼すると、山のようなサルのチップを台車で運んだ。かわりに持ってきたのは、プラスティックのチップなどではなく、金だの銀だのプラチナだのでできた見るからに高そうなチップだった。まあ、メッキなんだろうがそれでも高級感が違う。その分、山のようなチップの量がだいぶ減った。とはいえ、照明を受けてきらきらと輝くそのチップにまわりの野次馬たちの歓声は響く。


「銀のチップが十万円チップ。金が五十万。プラチナが百万です。もっと小さなチップも必要ですか?」

 玉城はまさかそんな小さな勝負はしないでしょうね、と言外にいっている。

「まさか。そんなのいらないよ」

 サルは笑顔で受けて立った。


「さっさと始めようよ。参加料アンティは最小チップの十万だったよね?」

 サルはそういって、場に銀色のチップを一枚出した。玉城も同様に出す。


 俺は最初に教えてもらったとおりに、場にカードを配っていく。伏せた《ホール》カードを二枚、表にした《アップ》カードを一枚ずつ。

 玉城のアップカードはスペードの9。サルはハートのクイーン。

 ふたりはそれぞれのホールカードを確認すると、無表情のままふたたびテーブルに伏せた。


 俺は教えてもらったルールを頭の中で復唱した。ルールではアップカードの弱い玉城から賭けが始まる。最初の賭け《ベッド》は十万という取り決めで、玉城はカードを見て十万のチップを置くか、降りるか決めることができる。

 玉城は当然のように銀のチップを一枚出した。


「乗った《コール》」

 サルは無表情で同額のチップを置く。とりあえずは様子見ってところだろう。

 玉城も上乗せしない。一回目のベッドでは劇的なことはなにも起こらなかった。俺は二枚目のアップカードを配る。


 玉城はスペードの10。サルはクラブの2。


 二回目以降のオープニングはできた役の高い順、なければ一番強い《ハイ》カードを持っている方から始まる。今のところふたりは役なし。ハイカードはサルのクイーンだ。つまり、ベッドはサルから始まる。

 サルは銀のチップを置いた。

「上乗せする《レイズ》」


 玉城は初めて金色のチップを出す。五十万だ。

 玉城のカードは二枚ともスペード。最初のホールカードが二枚ともスペードだとしたら、かなりの高確率でフラッシュができる。それに対してサルはねらい目が見えない。はっきりいって最初のホールカード次第だ。

 サルはハミング混じりで、金のチップを置く。受けて立った。


 次のアップカード。サルはまたなんの脈略もないクラブの6。玉城はスペードの7。


 サルの口元がぴくっと痙攣する。よほどストレスが溜まっているらしい。

 どう考えてもサルには戦略的に感情をあらわにできないポーカーは向いていない。一回ごとに当たったはずれたと大騒ぎできるルーレットの方が合っていると思う。

 サルのオープンベッドに対して、玉城は当然のようにレイズしてきた。

 プラチナチップが出る。百万チップだ。


「上等だよ」

 サルは引かない。鼻息を荒くして勝負に乗った。

「おい……」

「ディーラーはプレーヤーにアドバイスしない」


 俺は引っぱたいてでもサルを止めたかったが、玉城に阻止された。ディーラーを引き受けている以上、玉城の方に正当性がある。五月にその役を頼みたいところだが、五月は呆然として成り行きを見守っているだけだ。

 やっぱりサルは致命的にこのゲームに向いてない。俺もよくは知らんが、引くべき時には引かないと勝てないはず。負けず嫌いのサルにそれを要求するのはまず不可能だろう。


 そして次のカード。サルはダイヤの4。見事なまでにばらけている。

 玉城、スペードのキング。三枚連続でスペード。


 野次馬たちの歓声が上がった。

 手元でカードをすり替えてるんじゃねえのか?

 と一瞬思ったが、それは無理だ。なぜなら配っているのは俺で、はじめから表向きに配っているからすり替えようがない。もしいかさまをしているとすれば別の手だ。

 二回目のベッドの強気さから考えて、おそらくもうフラッシュはできている。それに比べ、サルの手は最強でもスリーカード。それも最初の二枚が今出ているカードと同じ数でそろっている場合だ。サルの性格から考えても、もしそうだったら最初からもっと強気だったろう。


 俺でさえそう思うんだから、プロのギャンブラー玉城にとってはサルのホールカードなど目に見えるように感じるに違いない。

 玉城のオープンベッド。この回から五十万という取り決めだ。

 サルは冷や汗を垂らしながらも乗る。やはり降りることを知らない、こいつは。


「レイズ」

 玉城はサルを完全にカモと見たのか、プラチナチップを二枚も出してきた。

「あたしが降りると思ったら大間違いっ」

 サルはそう叫ぶと、プラチナチップをたたきつける。コールしやがった。


「なかなかしぶといですね。ふつうならしっぽを巻いて逃げ出すところですが」

「はん、冗談。あたしがそれっぽっちで逃げるとでも思ってんの?」

 逃げろよ。べつに恥じゃない。戦略のひとつだろうが。

 サルのやつ完全に玉城の手のひらで踊っている。


「おい、愛子、だいじょうぶなのか?」

 五月が心配そうに聞いた。聞くのが遅い。

「まっかせといて、五月ちゃん。悪いようにはしないから」

 サルは引きつった顔で笑った。

 俺は次のアップカードを配った。


 サルはハートの4。玉城はクラブの8。


 微妙だ。これで四枚のアップカードが出そろったが、サルは4のワンペア。玉城は役なしだがあと二枚のスペードでフラッシュ。ストレートの可能性もある。

 これで玉城が四枚のスペードをそろえ、サルがホールカードを含めて役なしならさすがのサルとて降りるしかないだろう。だがこれでサルは勝負から下りないと、俺は確信した。なぜなら玉城にはフラッシュより強い手になる可能性はほとんどないが、サルはホールカードと次のカードによってはフルハウスも十分にあり得るからだ。そうなれば逆転する。


 オープンベッドはワンペアが成立したサル。

 案の定、サルは迷うことなくオープンベッドの五十万を出した。

 玉城はまず金のチップを一枚出した後、にやりと笑う。

「さらにレイズ」


 玉城が場に置いたチップはプラチナチップを三十枚。三千万。

 まわりからどよめきが起こる。

 ちっ、そういう手できやがったか。

 心の中で呪詛を吐いた。


 俺はてっきり玉城がなんらかのいかさまをしているのではと疑っていたが、それにしてはフラッシュとは中途半端な手だと思っていた。フラッシュは弱くはないが、必ずしも勝てるとは限らない。それに俺が表向きに配っているんだから玉城にアップカードをすり替えられるわけがない。


 玉城はいかさまなんてやっていない。やる必要がないからだ。玉城はカジノの金をフルに使ってサルを潰そうとしている。

「逃げると思ったら大間違いだよ」

「馬鹿、やめろ」

 サルは五月の声を無視し、残ったチップを全部出した。三千五百万ほどある。


「五百万はレイズよ」

「ふふふ」

 玉城は笑った。最後にその笑いは高笑いに変わる。

「じゃあ、まずその五百万」

 そういって金のチップを一枚出した後、続ける。

「さらにレイズ、三千万」

 プラチナチップを三十枚重ねで出した。


 カジノ中にどよめきが走る。誰もが勝負がついたと思ったのだろう。だが俺は知っている。サルがこれくらいのことであきらめるわけがない。

「クレジットカードは使えるの?」

「残念ながら裏カジノなんで、現金しか信用しません。銀行のATMを置きたいところですが、やっぱり裏カジノなんで無理なんです」

 玉城は残念で仕方ありませんとでもいいたげな顔だ。


「はい、お嬢さん。そこで私の出番です。かわりに私がいくらでも用立てますよ」

 やってきたのはバンクにいた痩せた笑顔の男。最初見たときはなんとも思わなかったが、今見ると笑う骸骨にしか見えない。


「いくらでも貸すってのは嘘じゃないよね?」

「はい。ふつうならそうはいきませんが、お嬢さんを見込んで特べつに上限なしでご融資いたします」

「ほんとうね?」

 サルは今度は玉城に確認した。


「ええ。途中でそれ以上貸せないとはいいませんから、安心して勝負に乗ってください。もし貸せないとなったらこの勝負の成算はなしでもかまいませんよ」

「それを聞いて安心したよ」

「ただし利子はトサンです。それと連帯保証人は立ててもらいますよ」

 骸骨は朗らかにいった。

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