第5章 一つ屋根の下で間違い? ……ないない

「ふ~ん、まあまあだね。日本の住宅はせまいっていうのが常識だから覚悟してたけど、ここはけっこう広いじゃない」

 用意されたマンションに入るなり、サルは機嫌良さそうにいった。


 俺はといえば、王国から持ってきた荷物にプラスすること本屋でサルが山のように買った本を抱えて中に入ったときには疲れ切っていた。

 たしかに広い。内装も豪華だ。王宮と比べればもちろん落ちるが、しょせんは庶民の住む集合住宅のわけだからそれは仕方がないだろう。

 とはいうものの、リビングを見るだけで、大理石の床、一部に敷かれたペルシャ絨毯、その上に置かれた黒革の高級そうなソファ、ばかでかい4Kテレビ、高そうなクロス張りの壁に掛けられた絵画、というものが目に飛びこんでくる。


 相当しただろうな。

 マンションといい、備品といい、ユマはサルのために相当気張ったようだ。

 ちなみにユマというのは俺の実の姉で、昔はサルの家庭教師をしていた。今では国家の中枢にいる。俺たちが来日したことについても、ユマは深く関わっている。


「あたしの部屋はどこかな?」

 サルはそういって、部屋のひとつを開ける。


「ここは影麻呂の部屋だね」

 俺が中を覗くと、サンドバッグがつるされ、ベンチプレス用のバーベルセットが置かれてあった。こっちにいる間もしっかりトレーニングしろというユマの配慮らしい。


「あ、ここだここだ。影麻呂、荷物運んで」

 隣の部屋からサルが叫ぶ。そっちに行ってみると、ベッドと机以外は本棚しかないという部屋だった。というか、ベッドと机が部屋の真ん中に配置され、四方の壁という壁を本棚が埋めつくしている。


「う~ん、やっぱり部屋がせまいと本棚の数も少ないよね。すぐにいっぱいになっちゃいそうだよ」

 サルはちょっぴり不満げな顔で、勝手なことをいうが、俺が荷物を運び込んでやると、嬉々としてきょう買った本を空の本棚に並べはじめた。


 俺は自分の部屋に引きこもると、机の上にセットされたノートパソコンにスイッチを入れる。すでにネットにつながるように設定されていた。ユマが来日したときにすべて段取りしておいたらしい。

 気が進まないが、ユマとコンタクトを取ることにする。一日一回はそうする決まりだ。パソコンを操作すると、テレビ電話はつながった。

 パソコンの画面にユマの胸より上が映る。風呂上がりらしく、Tシャツ姿で二十七歳の顔は化粧もしていない。淡い栗色をしたセミロングの髪は濡れたまま。おまけに缶ビールを直に口に付けて飲んでいる。色気はまったくない。だが不細工というわけではなく、むしろ顔の作りは弟の俺がいうのもなんだがまさに絶品。綺麗な目、形の整った鼻、ふっくらした唇、さらに形のいい胸にくびれた腰。にも関わらず色気よりもまずかっこよさを感じさせる女、それが俺の姉、ユマだ。


『で、どうだった? 無事着いたんだろ?』

 ビールをあおり、ぷは~っと息を吐いたのち、聞いてきた。


「ああ、なんとかな」

 とりあえず、忍者の戦いに巻きこまれたことは伏せておく。話がこんがらがるだけだ。


『王女は?』

「部屋だ。きょう新宿で山ほどマンガだか小説だかを買い込んだから、きっと今ごろ読みふけってる」

『ふ~ん、ま、王女らしいわな』

 ユマはそういって、かかかと笑った。


 これでもユマはIQ200とかいう天才で、飛び級で十八歳にはすでに王立大学を首席で卒業、現在は国王陛下付きの首席秘書だ。最近では数ヶ月前に国家の一大プロジェクトで打ち上げた軍事静止衛星の計画にも関わっている。なんでも敵国から核ミサイルを撃たれた場合、衛生からレーザーを発射して撃ち落とす計画らしい。サンリゾート王国は小さな島国で人工も日本に比べればだいぶ少ないが、それだけの科学技術力と資金は持っている。

 もともとサンリゾート王国は太平洋の赤道近くに浮かぶ島国だが、数十年前、近くに油田が発掘されたことで急速に発展した。もともと国民の教育には力を入れていた国だから、経済、科学ともあっという間に世界トップクラスまでかけ上がり、今では日本もアメリカも無視できない経済力、技術力、軍事力を持っている。第二次大戦後、急激に成長した国という点では日本とサンリゾート王国が双璧だ。


『わかってると思うけど、ひとつ屋根の下だからって、変な気は起こすんじゃないよ』

「ば、馬鹿か?」


 そんなことがあってたまるか。そもそも俺がサルと初めて出会ったのは六歳のころ。当時十八歳だったユマが、サルの家庭教師に抜擢された。そのとき以来の腐れ縁だ。俺とサルは立場を超えて、すぐに意気投合した。それ以来、ほとんど兄妹同然といえるだろう。


『あっはっはっはっは、そうだな。おまえが迫っても王女が相手にするわけないか? 王女はおまえのことは出来の悪い弟ぐらいにしか思ってないからな』

 ユマは面白そうにいう。しかしそれをいうなら、俺が兄貴であっちが妹だろう?


「それよりそっちはどうなんだ? なにか不穏な動きはあったのか?」

『とりあえず、落ち着いてる。予想に反してしばらくは表立った動きはないかもしれない』

 ユマはまじめな顔で答えた。

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