第6章 俺の上司は姉貴で指令中にビール飲んでる

 そもそもサルが突如、国王陛下に来日を許されたのは、サルがまえまえから日本に留学したいと希望していたこともあったが、それだけじゃなかった。国王陛下はむしろ反対していた。なにしろ、兄弟の中でもサルをもっとも可愛がり、外国へやるなどとんでもないといっていた人なのだ。

 それが態度を急変したのは理由がある。国内でクーデターを計画している勢力があるという情報が入ったからだ。かなり確かな情報らしい。

 つまりサルを国外に逃がそうということで、俺はその護衛の任を、国王陛下直々に授かった。


 俺が選ばれたのには理由がある。

 ひとつはユマの弟で陛下の信頼があったこと。

 ひとつはサルが信頼し、なおかつサルと恋仲になる心配のないこと。

 ひとつはサルと同い年で同じ学校に通えること。

 ひとつは日本人なみに日本語が使えること。

 そしてもっとも重要なことは、いざというときにサルを守れるということだ。


 俺は軍人に憧れ、中学時代から軍の幹部候補生を養成する学校に通っている。そこでは格闘術や射撃といった訓練が、一般授業と平行して行われる。俺はそこの中等部をずば抜けた成績で卒業した。その力を買われたってことだ。

 さらにいえば、サルが日本に行くことは、国内でも極秘でおこなわれた。だから今、王国にはサルの影武者がいる。さらに安全のため、ユマが日本に行き、サルと俺の戸籍を闇で買った。パスポートも偽の戸籍で申請したから日本国籍になっている。俺が綾小路影麻呂なんていう変な名前になったのには、そういうわけがある。


 つまり、俺とサルは敵の目を逃れるために、日本人の高校生に化けたっていうことだ。


 サルはひょっとしたら自分がねらわれるかもしれないなんてことは知らない。国王陛下が隠したからだ。俺が護衛についたことも、お目付役程度にしか思っていないはず。日本の高校生になりすますことだって、サルにしてみれば大歓迎だろう。王女という肩書きがはずれて、一高校生として好き勝手なことができるからだ。たとえば……。


 日本人の美形男と少女マンガのような恋愛をする。

 やくざや不良たちとヤンキーマンガのように戦う。

 熱血教師やクラスメイトたちと学園ドラマのように青春する。

 偶然、学校で起きた密室殺人事件をミステリーの名探偵のように解決する。

 とかなんとかそんなことをだ。

 賭けてもいいが、サルの頭の中にはそんな妄想が渦巻いているに決まっている。


『だけど気を抜いちゃだめだよ。案外陰謀の根は深いかもしれない』

 ユマの声が、任務に意識を戻す。


「相手の首謀者がわかったのか?」

『まだだよ。ただ背後に暗躍する組織はなんとなくわかってきた。情報部からの報告によると、かなりの確率である組織が関わっている』

「それは?」

『神の会』

「『神の会』?」

『残念ながら正体不明。名前しかわかってない。ただ世界中に拠点があるみたい』

「そいつらは日本にもいるのか?」

『たぶんね。案外身近なやつの中にもいるかもしれない。だから絶対に正体を見破られるな。誰にもだ』

 そういうことなら俺の責任は重大になってくる。


『それとわかってると思うけど、あのスマホはなるべく……』

「わかってるよ。使わせない」


 あのスマホとはサルの持っているスマートフォンのことで、じつは特殊な機能が隠されている。たとえばSOS機能。いざというときにボタンひとつで俺のスマホが鳴り、GPSで俺のスマホのモニターにサルの居所がたちどころにわかる機能だ。


 まあ、これは使う状況が来なければそれにこしたことがないというだけで、いざとなれば遠慮なく使えばいいものだが、それとはべつに重大な機能が含まれている。


 国王陛下いわく、ちょっとした護身用の武器。


 ちょっとした、かどうかは議論の分かれるところだろう。少なくとも俺やユマはそうは思っていない。俺やユマがその正体を知ったとき、大反対したのだが、聞き入れてもらえなかった。まあ、場合が場合だから、国王陛下の心配もわからないではないのだが。


『それとあした初登校だけど、怪しまれるんじゃないよ』

「わかってるさ」


 これはむしろ俺の方がやばい。サルはあれでも日本語は完璧だし、マンガとかを通じて日本文化や日本人の日常生活にもくわしい。一日本人高校生として学園生活を満喫したいという気持ちも強いし、そもそも基本的に嘘つきだ。

 俺はここに来る直前、ユマから研修という名目で日本の知識や常識をたたき込まれたがいまいち自信がない。とりあえず、言葉に関しては問題ないはずだが。


『とにかく、ジン、あんたの使命は、反王制勢力から王女を守ると同時に、日本の学園生活においても、不良だの、セクハラ教師だの、悪い虫だのから王女を守ること。それを忘れないで行動するように。以上』

 ユマはそれだけいうとにビールをかっくらい、接続を切った。


 しかしいくら勤務時間外とはいえ、俺の報告を受けることは勤務のうちだろう? その態度はないんじゃないのか。

 どっと疲れを感じる。きょう一日、いろんなことが多すぎた。ベッドに横になると、すぐに眠気が襲う。


 隣の部屋から、「すげえ」とか「どっひゃああ」とか歓喜の叫び声が聞こえるのも気にならない。そのまま泥のように眠った。


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