第5章 するめ男からの脅迫状?
次の日、昼休みまでは何事もなく過ぎた。先生は常に生徒や他の教師と一緒なのだから、それも当然だろう。それにするめ男がうちの学校の生徒ならともかく、部外者ならば簡単に校舎まで入り込めるとは思えない。そんなことをすれば目立ちすぎる。だからやたらはりきっているサルやこずえは空回りし、俺はなにも起こらない平和を堪能していた。
そのまま一日が過ぎるはずだった。
しかし、昼休み、俺たち盗聴器探しに関わった四人は浅丘先生に呼び出された。
職員室に行くと、きのう同様相談室に連れていかれる。きちんとドアを施錠し、俺たちをテーブルを挟んで座らせると、浅丘先生は切り出した。
「困ったことになりました」
そういう浅丘先生の顔は、いつもの「のほほん」とか「ぽよよん」といった擬音が似合う天然ぼけ顔ではなく、苦悩に満ちている。といっても、眉毛と口元がへの字になっているだけという気もするが。それでも子供っぽさが影を潜めると、白いブラウスと黒のタイトミニ姿の先生は妙にセクシーだ。
「これを見てください」
浅丘先生はスマホを取り出し、操作した。モニターにはメールが映っている。どうやらするめ男から送られたメールらしい。
『放課後四時、社会科準備室にひとりで来い。来なければ恥ずかしい秘密をばらす。するめ男』
「恥ずかしい秘密って?」
サルが興味深げに聞いた。
「ええと、それは、……えへん、秘密です。っていうか、よくわかりません」
まあ、たしかにこれだけの文面ではわからない。しかし、なにか心当たりがあるらしい。
もし恋人がいて、部屋でエッチなことをしていれば、その声が盗聴されていることは十分に考えられるが、この先生にそんなやついるのか?
いずれにしろ部屋の声が盗聴されていれば、知られたくない秘密のひとつやふたつあるのが普通だろう。
「とにかく、するめ男はなにか秘密を知ってるんです。だからこの呼び出しを無視するわけにもいきません。でも、のこのこひとりで行けばなにをされるかわかりません。そこであなたたちの出番です」
「わっかりました。社会科準備室を見張ればいいんですね」
サルが大きな瞳をきらきらと輝かせながらいう。
「でも、近くにいすぎて相手に気づかれちゃだめなんです。それでいて、なにかあったときはすぐに助けに来てくれるところにいて欲しいんです」
ようやく俺と五月の出番が出てきそうだが、たしかに俺たちが見張っているのがばれれば来るやつも来ないだろうな。
「隣の棟から見張ります」
サルが力強くいう。
「社会科準備室はA棟最上階の四階ですよね。だから隣のB棟の向かいの部屋からなら覗けます」
この学校はアルファベットのEのような形をしている。正面玄関のある本棟から垂直にA棟、B棟、C棟と三つの棟が飛び出し、それぞれの棟は二十メートルほど離れて平行に並んでいる。社会科準備室はA棟にあるから、B棟の向かいの部屋から覗けば、廊下の窓越しに社会科準備室のドアは見えるはず。
「B棟の向かいは視聴覚室です。あの部屋は窓がありません」
浅丘先生がサルの意見を却下した。
「じゃあ、屋上ですよ。屋上からだって見えます」
「でも、あそこからじゃ、入り口のドアが見えるだけで、部屋の中は覗けないんですよ」
「ドアから出入りする人間が見えればだいじょうぶ」
サルがどんと胸をたたく。
「先生、これを胸ポケットに付けてください」
こずえが万年筆を先生に渡した。
「万年筆型盗聴器です。これを付けてれば、中が見えなくても中の様子が手に取るようにわかります。助けがいるときはこれに向かって様子を教えてください」
こいつは盗聴器発見器だけでなく、盗聴器そのものまで持っているらしい。この女の謎は深まるばかりだ。
「こんなこともあろうかと、あたしがこずえちゃんに持ってくるよう頼んでおいたんだよ。目には目を、歯には歯をってやつ?」
サルがどんなもんだい、とばかりに胸を張る。
浅丘先生は複雑な顔でそれを胸に付ける。
「ついでに写真部の友達に望遠レンズ付きのカメラを借ります。そうすれば、犯人の顔を撮れるかもしれません」
こずえはじつに嬉しそうにいう。
「さすがぁ、こずえちゃん、すごい」
サルだけが素直に感心した。 五月はあきれ顔だ。
「とにかくこれで作戦はばっちりよ。あたしとこずえちゃんが屋上で見張る。影麻呂と五月ちゃんは近くで待機。そうね、五月ちゃんはA棟の一番端っこにある階段の踊り場。三階と四階の間の踊り場がいいかな。そこで逃げてくる犯人を迎え撃つ。影麻呂は本棟にいていざとなれば社会科準備室に突っ込むのよ。そうすればばっちりするめ男をとっつかまえれるよ」
サルは立ち上がり、拳をふり上げた。
「もちろんその間、あたしたちはスマホで連絡を密に取るのよ。そうすれば万が一にでもするめ男を逃がすことはないよ」
まあ、たしかに悪い作戦ではないと思う。もし俺が部屋に乗り込む前に、するめ男が逃げ出しても、本棟側から追った俺と、先端側に待機している五月が挟み撃ちにする格好になる。
「そ、そうね。それなら安心かも」
浅丘先生はほっと胸をなで下ろす。
「ふふふ、見ていなさいよ、怪人するめ男。この名探偵夏島愛子を敵に回したのがおまえの運の尽きだよ」
その顔はすでに勝ち誇っている。
「わかった? 影麻呂、五月ちゃん。ようやくあんたたちの出番だよ」
五月は気が乗らなそうだが、乗りかかった船ということで引き受けた。俺はサルが首を突っ込む以上放っておくわけにはいかない。つまり選択肢がない。
「じゃ、先生、そういうことだから、安心しててね」
サルはそういうと、鼻歌を歌いながらスキップで退場した。俺たちも先生に挨拶して退席する。
もし予告通りするめ男が現れれば俺がとっつかまえることになるだろう。もっとも本当にくるかどうかはわからないが。
俺はこのとき、するめ男は来ないだろうと思っていた。そこまで馬鹿じゃないだろうと。
しかしするめ男は思っていた以上の怪人であることを、俺は思い知ることになる。
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