第8章 そうきたか? 勝ったと思ったら大間違いだ!

 俺は念のため、もう一度一階のボタンを押したが、当然のようにエレベーターは閉まらないし、動きもしなかった。外部からコントロールしているのだろう。


「なるほど、勝ちすぎた客はここで途中下車してもらう仕掛けか?」

 男たちが大笑いした。悪党の本性をあらわにした下品な笑いだ。

 まいったぜ、こりゃ。

 俺は心の中でため息をついた。


 男たちは残らず武装している。拳銃を持ったやつ。ナイフを持ったやつ。日本刀を持ったやつ。中にはマシンガンを持ったやつさえいた。

 そんなやつらが百人だ。こっちで戦力になるのは俺と五月のふたりだけ。地下じゃ、軍事衛星ラピュタは使えない。そもそもスマホがつながらないから警察だって呼べない。

 まさしく絶体絶命ってやつか?


「まさかこういうことになるとは思わなかったな」

 中のひとりが一歩前に踏み出して、いった。そいつは手に日本刀を持っている。


「お、おまえは?」

 五月がその男を見るなり、叫ぶ。

 スーツ姿だったのと包帯をしていたのとで一瞬わからなかった。だが真面目そうな顔に浮かべたゆがんで笑み、それでいて目だけはなぜかすみ切っている。

 そいつはあの如月だった。


 あの戦いのあと、姿を消し、ここに潜伏していたらしい。包帯からしてまだ傷は治りきっていない。

「店の権利書がねらいなのか?」

 俺はそうであればいいと思った。それならばこんな紙切れ突っ返してやればすむことだ。だがそれでは済みそうにない。案の定、如月はいった。


「そいつを取り戻すことも頼まれちゃいるが、はっきりいってそんな紙切れは俺にとってはどうでもいい」

 俺や五月に対するたんなる復讐なのか。それとも、こいつはやはり……。


「なに、命まで取る気はないさ。今ここで、ちょっとビデオに出演してくれればな」

 如月はにやにやと笑いながらいう。

「なに?」

「どうってことはないさ。おまえたちが絡み合うHビデオをちょっと撮らせてくれればいいんだ。なぁに、演技は必要ねえ。聖女でももだえる魔法の媚薬があるからな。しかも撮影にぴったりのエッチな小道具がいろいろそろっている」

 如月がそういうと、男たちは大笑いする。


 魔法の媚薬? おそらく覚醒剤かなにかが混じっているのだろう。そんなものを使って、裏ビデオ撮影したあげく、中毒にして逆らえなくするつもりか?


「卑怯者。おまえのねらいは端からあたしだろう?」

 五月が噛みついた。

 やつらのねらいが五月だって? ほんとうにそうなのか? いや、やつのねらいが五月だろうと、俺たちだろうと、なぜやつがここにいる? 偶然にしてはできすぎだ。


「おまえ、俺たちを嵌めたのか?」

 俺はすぐそばで存在感もないほど黙り通していた百合子に叫んだ。


 神無をここに引っ張り込んだのは、百合子だ。先輩に聞いたなどといっていたが、最初から神無を誘い込むための芝居か?

「嘘?」

 神無は驚いた顔で百合子を見つめる。

 百合子は言い訳することもなく、如月の方に走った。突然のことに、俺は捕まえることもできなかった。


 百合子はそのまま、如月の隣に行くと、人形のような顔に薄ら笑いを浮かべていう。

「ごめんねぇ、神無ちゃん。最初からこういうつもりだったの」

 こいつはいったい何者だ? たんなる裏カジノのカモ調達係か?


 その可能性もある。女子中学生のカモは需要があるからな。そういうカモ専門の釣り師がいても不思議はない。だが別の可能性もある。

 こいつは如月とともに『神の会』のメンバーなんじゃないのか? 目的は最初からサルなんじゃないのか?

 だとすると国家がらみの敵だ。ふざけた真似しやがって。


「う、裏切り者ぉおおお!」

 神無の怒りの声が響く。しかしそれ以上に怒っている者がいた。サルだ。怒りで顔を真っ赤にさせながら叫ぶ。


「なにやってんのよ、影麻呂。あんたの出番でしょう? とっととあいつらやっつけなさいよ」

 俺も目がくらむほど怒っていたが、サルはそんなものじゃない。完璧にキレている。


「簡単にいうな。相手はマシンガン持ってんだぞ」

 その一言に、あいつらは狂ったように笑った。俺には手も足も出ないと思っている。つまり俺のことを舐めきってやがる。


「あんた根性がぜんぜん足りてないっ。このくらいの雑魚の集まり、あんたなら勝てるでしょ? っていうか、死んでも勝て!」

 相変わらず、こいつの要求することはむちゃくちゃだ。

 だがその一言に、俺は吹っ切れた。


 最大の問題はマシンガンだが、ある意味俺たち全員がエレベーター内にいる方がよっぽど危険だ。向こうにしてみればマシンガンを撃つとすれば今しかない。


「エレベーターの両サイドに張り付いて、ドアの袖壁を盾にしろ」

 そう叫ぶと、やつらの笑っている隙をつき、俺は獣のように悪党の群れの中につっこんだ。


 俺が中に飛び込んでしまえば、マシンガンはもちろん、拳銃だって使えるわけがない。同士討ちするだけだ。

「撃つな。ナイフを使え」


 我に返った如月の一言に、ナイフを持った男数人が俺のまわりを囲んだ。同時に襲いかかってくる。俺は一番弱そうなやつのところにつっこんで、正拳突きを顔面にたたき込んだ。

 一角を突破することで、敵は四方からではなく、一方から追うような形になる。

 まず一番近いやつの腹部に前蹴りをぶち込んだ。

 すかさず次の男のナイフが俺の顔面を襲う。俺は相手の外側に踏み込みつつそれをかわし、掌底で下あごを突き上げた。

 次のやつは一歩踏み出した脚を狙い、膝下をかかとで蹴り潰す。

 断末魔の叫び声を上げ、床に転がるそいつらを見て、敵は浮き足だった。

 俺は近くにマシンガンを持ったやつを見つけると、手刀を延髄にたたき込む。そのままマシンガンを奪い取った。


 テック9。かの悪名高いコロンバイン高校の事件で使われたサブマシンガン。

 あいつらは同士討ちの心配があって使えないが、こっちは違う。まわりすべて敵だ。

 俺はサルたちがちゃんと袖壁に隠れているのを確認した。こんなものぶっ放して、あいつらまで巻き添えにしてはしゃれにならない。


 左サイドにあるボルトを引いて、発射可能な状態にすると、ブレイクダンスの要領で、床の上を背中で回る。

 その状態で引き金を引く。殺すつもりはないから脚だけをねらった。小気味よい連続的な発射音とともに、ノズルから火を噴き、熱い薬莢がかんかんと雨のように床に落ちていく。


「ぎゃああああああ」

 そこはすぐに修羅場に変わった。あっという間に全弾撃ち尽くす。

 三角木馬だの拷問用の道具は木っ端微塵になり、破片が宙に舞う。

 敵は脚から血を吹き出してばたばたと倒れ、あっという間に半数以下になる。俺はテック9を投げ捨てると、唖然としている敵を瞬く間に数人倒した。


 この状況になってはじめて敵は拳銃を使う。がらがらになって同士討ちの危険が減ったからだ。

 俺は走り回って狙いを外す。射撃訓練をろくに受けていない人間の弾は走っている人間には滅多にあたらない。


 手近なやつの顔面に肘をたたき込むと、そいつの銃を奪った。

 グロック17。9ミリ弾、十七連発オートマティック。


 俺は拳銃を持ったやつらの手首を片っ端から撃ち抜いていく。だてに射撃訓練がある軍事学校に中学のころから通ってはいない。


 弾が尽きたとき、拳銃を持っているやつは皆無になった。

 俺はグロックを投げ捨てると、ふたたび肉弾戦で、敵を片っ端からぶちのめした。


「調子に乗るんじゃねえ、ガキが」

 完全に戦意喪失した中に、ひとりだけカミソリのような殺意を向けて叫ぶ男がいる。如月だ。鞘を払い、抜き身になった真剣を振りかぶり、俺めがけて斬りつけてくる。

 その切っ先は憎悪を乗せて俺に向かった。


 ぎぃいいいいん。

 不快な金属音を立て、如月の剣は俺の目の前で止まる。鉄パイプが剣を受けていた。

 五月だ。その鉄パイプはおそらく敵のひとりが持っていたやつだろう。


「こいつはあたしに任せろ。雑魚の掃除を頼む」

「笑わせるな。俺よりも強いつもりか? おまえが伝承されたのは血筋のせいだ。それ以外のすべてにおいて俺の方が勝っている」

 如月は憎悪のまなざしを五月に送る。


「だいじょうぶか?」

 俺は五月に声をかけたが、もう聞こえていないようだ。真剣な顔で如月と対峙している。


「くそ、あの女を人質に取れ」

 雑魚ふたりが、エレベーターのサルと神無に向かって走る。

 俺は倒れた敵の手からナイフを二本奪い取ると、左右の手で同時に投げた。

 二本のナイフはそいつらの脚を貫く。骨まで達したはずだ。


「えい、えい、えい」

 苦悶の叫び声を上げ、倒れたふたりを、サルと神無は思い切り足蹴にした。とくにサルはとがったピンヒールを履いているくせに容赦がない。


 残った雑魚三人。

 ひとりが床に落ちている拳銃を拾おうとする。俺はその手を踏みつけ。反対の脚で顔を蹴り上げてやった。


 銃声とともに、後ろから弾丸が飛んでくる。さいわい一メートルも離れていた。完全にびびっている。俺はそばの壁に向かって跳ぶ。相手は銃を撃つが弾はまったく見当はずれの方向に飛んだ。俺は壁を蹴って、その反動で相手の方に跳ぶ。そのまま顔面に跳び蹴りを食らわした。


 いきなり背後から羽交い締めにされた。プロレスラー並みの巨体の男で、しかも怪力だ。

 銃を持った男を倒して、少し油断しすぎた。


「このまま腕と肩を砕いてやるぜ」

 腕がみりみりと音を立て、激痛が走る。

 五月は五月で、どうも押されている。真剣と鉄パイプのハンディが出ているのかもしれない。もっとも今は自分のことで手一杯だ。


 俺は手探りで、相手の顔を掴んだ。そのまま目の位置を確認すると、指先を滑らせ、先端を目につっこむ。

「ぐわあああああ」

 男は俺を離した。その瞬間、俺は肘を脇腹にたたき込む。

 あばらの折れる感触。

 そのまま反転して、アッパーカットを下あごにたたき込んだ。そしてとどめの金蹴り。

 たまらず男はどうと倒れる。


「きええええええ」

 如月の気合いにふり返る。見ると、上段の構えから五月を見据え、剣を振りかぶっていた。

 その瞬間、五月の持った鉄パイプの先端が、振り上げた如月の剣の柄先に当たる。五月はそのまま下から突き上げる。如月は剣を振り下ろすことができなかった。逆に真後ろにのけぞる形になった。

 五月はその体勢から体を独楽のように回し、胴を打つ。まるで一瞬、つむじ風が舞ったようだ。


 鉄パイプは如月の胴に深々とめり込んでいた。

「ば、馬鹿な。奥義地龍ちりゅう……だと?」

 如月は口から血を吐きながらいった。上段を封じた下から突き上げる突きを、地から天に昇る龍に見立てた技なのだろうか?


「あたしは毎日死ぬほどの稽古を積み重ねてきたんだ。邪悪な攻撃性が強さのすべてであるおまえに負けるわけがないだろう」

「ぬ、ぬかせ」

 如月が剣を振り下ろそうとしたとき、五月は体を翻し、横面を打った。


 勝負はついた。如月はこめかみから血を流し、そのまま倒れると、起きあがらなかった。とりあえず息はしているようだ。

 こいつに本当のねらいをしゃべってもらいたかったが、肝心なとき、いつも気絶してやがる。まあいい。百合子に聞くとするか。


「ほうら、やっぱりやればできるじゃない。根性と気合いが足りないからどたんばでびびるのよ、あんたは」

 サルがエレベーターの中から勝手なことをほざく。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさ~い」

 俺が近づくと、脅えた表情で百合子が叫んだ。

「おまえは『神の会』のメンバーか?」

 俺は百合子の耳元でささやいた。

「ち、違います。そんなんじゃありません」

 百合子は必死の形相で首を振った。しかし、その名を聞いて動揺したようにも見える。


「エレベーターをちゃんと使えるようにしてよ」

 サルがいうと、百合子は「はい」と叫び、俺から逃げるように壁に付いたパネルに走ると、スイッチを操作した。

「これでだいじょうぶです」

 泣きべそをかきながらいった。


「よし、それじゃあ、みんないくよぉおお、下に」

 サルが叫ぶ。

「下?」

 俺は思わず、聞き返した。だがどうやら、聞き間違いではないらしい。サルはいつの間にか、床に捨てられたテック9と予備マガジンを手に持っている。


「これだけ舐められて黙って帰るわけにはいかないでしょう?」

 サルの顔が妙に引きつったまま笑っている。完全に変なモードに入ってる。

 俺は止めるのをあきらめた。まあ、殺しはしないだろう。


「百合子ちゃん、あんたも来るのよ」

「は、はいぃ」

 こうして俺たちはふたたび、下に向かった。


「ところで影麻呂。これどうやって使うの?」

 教えたくないが、教えてやった。案外、俺もサルがなにをしでかすのか、見てみたかったのかもしれない。

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