第42話 藪鮫と漆黒の鷹

 金剛寺こんごうじは左手に土蜘蛛つちぐもを構え、右手に小型懐中電灯を持って注意深く疫鬼えききの開けた穴に近寄る。


「とんでもない妖物だな。あんなのが市街地へ現れたらパニックではすまないぞ」


 懐中電灯のライトが穴の奥を照らすが、まるで地獄の底へつながっているかのように暗黒の闇が奥深く続いていた。


 回復剤を服用した藪鮫やぶさめは大きくせき込み、両手をついて上半身を自分で支えた。


「おぅ、さすがエクソシストの秘薬だな」


 緒方おがたは大袈裟に言うと祀宮まつりみやをちらりとうかがう。それを無視して祀宮は藪鮫の背中をさする。


「いかがですか、お具合は?」


 藪鮫は頭を振って祀宮を見て、そして周囲に目をやる。


「ああ、緒方隊長、いつの間にここへ」


「よう、久しぶりだな、藪鮫の。今回のやつぁ、どうやら疫鬼がパワーアップしてるみてえだな」


「ええ。土蜘蛛の糸でさえ効きませんしね。まあいざって時には、天狗筒てんぐづつを使用する許可を長官からいただいてますから」


 藪鮫は顔に痛々しい擦過傷を負いながらも、明るく微笑む。祀宮は頬を紅くし、藪鮫にみとれている。


「ところで藪鮫の。一緒にいた民間人ってえのは何者だい? こんな強力な結界けっかいを張るなんざあ、さぞかし名のある術者だろうがよ」


 緒方はゴーグル越しに頭上を見る。紫色の透明膜は天に輝く星と、ホバーリングしている味方機ヘリコプターが目に映る。ただ外部の音は一切遮断されていた。


「へへっ。それが僕も正直言ってよく知らないんですよぉ。僕が住んでいるマンションの大家さんと、そのお連れさんってことくらいしか」


 頭をかく藪鮫。


「はあっ? お、大家さん?」


 緒方が髭をなでながら首を傾げた時、インカムに通信が入った。


「こちら本部、佐々波さざなみ。緒方隊長、そっちの様子はどうだ」


 緒方は藪鮫にウインクを送る。


「はい、緒方。現在、藪鮫保安官の無事を確認。民間人に関しては不明。妖物に関しては結界内に潜伏しているものと思われます」


「藪鮫、無事だったのか」


 佐々波の安堵の声に、藪鮫は苦笑を浮かべた。


「副長、ご心配おかけしてまーす」


「それで、副長。民間人たちはもしかしたら妖物を追いかけているかもしれませんので、直ちに捜索着手いたします」


 緒方は通信を切る。


漆黒の鷹しっこくのたかのみなさん、今回は手をお借りしますが、よろしくお願いします」


 藪鮫はゆっくり立ち上がると、頭を下げた。


「さすがは人魚の涙にんぎょのなみだですわね。傷口は、さすがにすぐ回復とはまいりませんけど」


 祀宮の言葉に藪鮫はニッコリと微笑んだ。


「ありがとう。なんだか身体中に力がみなぎってきたよ」


「あら、それはようございました」


「なーに顔を上気させてんだあ? 祀宮」


 緒方の下品な問いを無視し、祀宮はうっとりとした顔で藪鮫を見上げている。

 そこへ七宝しちほうから連絡が全員のインカムに流れた。


「こちら七宝、みなさーん聞こえてますかあ」


「おう、感度良好だ。どこにいる? すぐに向かう」


「はーい、お待ちしてまーす。そこから三十度の方角へ約二百メートル、寂れた工場がありますぅ。四人の未確認民間人がいます」


「よし、すぐに行く。待機していてくれ」


 金剛寺が待ったをかけた。


「隊長、そういえばもうひとり。確かキタの呪術師がいたと思うのですが」


 そういえばと、緒方は辺りを見る。だが塗壁ぬりかべで固められたベクと、の残骸以外に人間らしき姿は見当たらない。


「逃げたか」


 緒方はあご髭をさする。


「まあいい。俺たちに与えられた任務を遂行するまでだ。いくぜっ」


 緒方、金剛寺、芹に続き、藪鮫を支えるように祀宮は走り出した。


つづく


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