第28話 トンファー、炸裂

 眠っている作業員たちは、リンメイの術が切れたのか徐々に目覚め始めていた。


 そこへ子疫鬼こ えききたちが襲いかかる。わけがわからず男たちは悲鳴を上げ逃げようとするが、獲物をみつけたは獣のごとく走り襲いかかった。


 親疫鬼のように数本の尻尾を鞭のようにしならせ、捕まえた獲物を強烈な力で締め上げていく。男たちの断末魔の悲鳴と、骨や肉を粉砕する音が重なる。


 五条ごじょう博士は大地に上半身を起した姿勢で、その阿鼻叫喚の地獄絵図を目の当たりにしていた。


「ほ、本当に目覚めさせてしまったのかっ! まさかこの現代にあんな危険な代物を」


 たちは圧縮した人体を尾で持ち上げ、したたる体液を骸骨の口元に流し込んでいる。どうやら親のように人間を飲み込んで、自分の複製を作るのではないようだ。搾り取られた亡骸をドサッと尾から放すと、次の獲物を求めて辺りをうかがう。


 一体が五条に顔を向けた。無表情の角の生えた骸骨でありながら、ニタリとほくそ笑んだように五条には見えた。


「ヒッ」


 あわてて立ち上がろうとする五条。だがあまりの恐怖に脚がもつれて立てない。

 数本の尾が五条めがけて空気を切り裂く。


 パンッ! パンッ! パンッ!


 五条の目前で尾が弾けた。


「よっこらせっと」


 掛け声とともに五条の前に立ちはだかったのは、ぬえであった。


「ぬ、ぬえちゃん!」


「お待たせ」


 ぬえは振り返り、サングラス越しにウインクを送る。その両手には、二本の型棒を握っている。よくみれば、普段ついている杖であった。


「この杖はのう、こうして真ん中で二つに分離させての」


 ぬえは棒が己の肘にそうように握っている。


「トンファーとして使えるんじゃぞい、おほほほっ」


 握り部分を持った状態では、自分の腕から肘を覆うようにして構え、空手の要領で相手の攻撃を受けたり、そのまま突き出したりして攻撃することができる。また長い部位を相手の方に向けて棍棒のように突く事が出来るのだ。


 手首を返すことで半回転させて瞬時に切り替えられ、さらには回転させて勢いを付けつつ相手を殴りつける。しかしそれには相当手首の力が求められる。主に刀を持つ敵と戦うために作られた、攻防一体の武器である。


 尻尾を叩き返されたは、無表情のままさらに尾により攻撃を開始した。


 次々と槍のように飛んでくる尾を、ぬえはすべて紙一重で避け、さらにトンファーで防ぐ。しかも徐々にに近づいていっているのだ。


 その姿は腰の曲がった老いぼれではなく、舞台で舞う女優のように華麗でかつ戦慄する強さであった。


 トンファーの先端を回転させの顔面を叩き、倒れる寸前に大地から土煙を上げてぬえの脚が鞭のようにしなる。骸骨の頭部がグシャッと歪んだところへ、ぬえは身体をひねってさらに蹴る。二起脚にききゃくだ。


 左右からが二体同時にぬえに襲いかかった。ぬえはサングラスの下の眼を素早く動かすと、二体がぶつかって来た直後にフワリと重力を断ち切ったように宙に舞う。落下する時にはトンファーを槍のように持ち替え、二体のの頭頂部をつぶす。


 そこへ地響きを立てて走ってきたナーティが立ち止まった。


「ありゃりゃ、おばあさま、凄い! まるで舞踏会の淑女よ」 


 ぬえは陳式太極拳の老師である。空手のように己の身体を武器にする武術とは異なり、気を練り操ることにより莫大なパワーを生み出す。したがって日々の精進がそのまま力になっていくため、年齢を重ねるほど強くなっていく。


「さすがレイちゃんのお師匠さんだわ」


 ナーティは日本刀をぶらさげたまま、ぬえの闘いぶりに驚嘆する。


「こりゃ、オカマさんや! いつまでこの年寄を働かせるつもりじゃ。はよう交代してたもれっ」


「任せてちょうだいな。この純真乙女が来たからには、もう残らず昇天よっ」


 ナーティは日本刀を振りかざすと、の群れに飛び込んでいくのであった。


つづく

 

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