第29話 KBECはサバイバルチーム?

 ぬえとナーティが子疫鬼こ えききと闘っているころ、珠三郎たまさぶろうは大粒の汗を額に浮かべながらゆっくりと歩いている。腹部と背中に取り付けたアームやPCパソコンが意外に重たい。しかも自分で結界けっかいを張ってしまったために、ここらは完全な無風状態となっていた。


「ねえねえ、このリュックの中にはまだ面白いものが隠されてるんでしょ」


 横を歩く藪鮫やぶさめは大きなリュックを持ちながら、汗ひとつ浮かべす興味深そうに訊いた。


 珠三郎と藪鮫は廃工場からやや勾配のある山道を、星明りを受けながら進んでいる。二百メートルほど先で投光器によって浮かび上がった防音幕の周辺から、人の叫び声や獣の咆哮が聞こえる。


 珠三郎はそんなことにはお構いなしに、顔にかかる長い髪を、頭をブルンブルン振りながらけた。


「ぐふふっ、ミリタリーオタクのきみが狂喜しそうな道具がね、グヘヘッ」


「そうなんだあ、それは楽しみだ」


「ところで、きみ」


「うん? なんだい」


「その背中のKBECってえのは、サバイバルチームの名称かな、かな?」


「ああ、これね。そうだよぅ。ちなみにKnockoutノックアウトBeastビーストEvilイビル、それでChaosカオスってこと」


 珠三郎はニタリと笑みを浮かべる。


「ほほう。つまりだ、化け物や魔物、この世の混沌を打ち負かすと。

 はて? いったいどんなサバイバルゲームやってんの?」


 首をかしげる珠三郎。


 ふたりが惨劇の繰り広げられる舞台へたどりついた時、穴の下であぐらをかいていた親疫鬼が突然天を仰ぎ、大気を震わすような遠吠えを上げた。


 扇子を構えたリンメイが、疫鬼に向けて光の環を立て続けに放つ。練った気を鋭利な刃に変え攻撃する。だがと同じく、親疫鬼の身体に食い込んだ直後、光の粒となって霧散していく。


 疫鬼は虫にたかられた獣のように十数本ある尾を払い、威嚇のためにリンメイに吠えたのだ。


「くうっ」


 それでもリンメイは疫鬼とある一定の距離を保ちながら、攻撃の手を止めない。


 珠三郎と藪鮫は姿勢を低くしたまま穴に近寄り、その様子を見る。


「ああ、あの金髪の婦女子は呪術者なのかな、かな?」


「うーん、そうみたいだよぅ」


「しかしグロテスクな魑魅魍魎ちみもうりょうですなあ。ボクの資料集によると」


 珠三郎は検索結果を、胸元に回したPCパソコンの液晶画面に映し出す。

 藪鮫は前方を注視したまま言った。


「多分あれは魍魎もうりょうの部類だねえ」


「うむむ、きみは分析ができるのかい?」


 珠三郎の問いに、藪鮫はニコリと口元を上げる。


「いやあ聞きかじりさあ。ちなみに魑魅魍魎って一緒くたにする場合があるけど、正確には魑魅ちみ山の怪やまのけ魍魎もうりょう川の怪かわのけなんだって。あそこで唸っているのは疫鬼って呼ばれていてさ、本来は水生の妖物なんだよぅ」


「それがどうしてこの山に出没したのかな? おっ、ようやくヒット!」


 珠三郎は液晶画面を指さす。そこにはかなり古い文献をコピーした画像がアップされている。


「ホントだ。きみの言う通り、疫鬼だね。だけど、少し様相が違うじゃーん」


 和紙に墨で描かれた妖物、疫鬼は尻尾が一本生えた亡者に見える。しかも頭に角は生えていない。


「あっ、あの子っ」


 藪鮫は中腰のまま声を上げた。


つづく

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