第30話 検非違使庁地区保安官の九尾剣

 リンメイは襲い来るムチのような尾に打たれて転がったのだ。転がりながら両手を土に着き、顔を上げる。その口元から一筋の赤い血が流れていた。リンメイの舌がぺろりとめる。とたんにリンメイの表情が変化した。


 目尻が上がり、オレンジ色の唇が耳まで裂けたように大きく開かれた。四つん這いになったまま「シャーッ!」と人ならぬ鳴き声を上げる。


「おやおや、今度は化け猫ですかな、ぐへへへっ」


 珠三郎たまさぶろうは興味深げに眼鏡の奥の双眸を光らせた。


 リンメイは獲物を狙う猫に身を変化させ、疫鬼えききに襲いかかる。宙を飛び交う尾を避け、爪の伸びた指先で相手の身体をえぐる。しかし疫鬼にはまったく歯が立たない。


「うーんと、じゃあ僕も参戦してくるよぅ」


 藪鮫やぶさめはおもむろに立ち上がった。その右手には十五センチほどの黒い筒が握られている。


「おっ、そいつはもしかしてかな、かな?」


「えっ、うーん少し違うんだけど。映画じゃないからさ」


 珠三郎はリュックを手繰たぐり寄せると、中から数本の打ち上げ花火を取り出した。


「ボクは軍師だもんね。ここできみの手助けに専念させていただくよーん」


「うん、派手に花火を咲かせて演出してくれるんだね」


「ぐへへっ」


 珠三郎は意味ありげに笑った。


 藪鮫は一気に駆けだす。穴の縁で大きくジャンプする。ザンッと大地に降り立つと黒い筒を構えた。


検非違使庁地区保安官けびいしちょう ちくほあんかん、藪鮫。治安維持法により、駆逐させていただく」


 化け猫のリンメイは身体中に傷を負いながら、疫鬼の本体から跳んだ。


 リンメイの攻撃は、ほとんど疫鬼には通用していなかった。


 藪鮫はヘルメットのゴーグルを目元に下げる。手にした筒を疫鬼に向けた。すると筒の先端から白い剛毛がみっしりと生えた二メートルほどの棒が伸びる。


九尾きゅうびの狐より我が祖先が譲り受けた、九尾剣きゅうびけん。さあ妖物よ、観念しろ」


 リンメイは額、口元から血を流したまま藪鮫に鋭い視線を送る。疫鬼は胡坐あぐらをかいたまま黒い空洞の目を藪鮫に向けた。


 シューッ!


 槍のように緑色の尾が一斉に藪鮫に襲いかかる。藪鮫は九尾の狐の尾で作られたという剣を突き出す。すると棒状の剣先が意志を持ったかのように身震いすると跳んできた尻尾を回転しながらなぎ払っていく。


 一瞬宙で止まった尾が次には藪鮫の身体に向けて上下左右から襲う。九尾剣はそのどれもを弾き返していく。


 珠三郎はしゃがんだ姿勢でその様子を見ている。


「ほほう、あれが伝え聞く九尾剣か。だけど、なぜミリタリーオタクが持ってるわけ?

 それならボクはこいつで援護してしんぜよう。と言っても使うのは初めてだけど」


 一見打ち上げ花火に見える筒を地面に置く。全部で七本の筒が置かれると、リュックから取り出したのは火打石であった。カンッカンッ、火打石が削られ火花が散った。設置された花火の上部に赤い火が灯る。


「おっと、忘れるところだった」


 珠三郎はリュックから、長さ三十センチほどの定規のような金属板を取り出す。それを首元に当てるとシュンッと丸く首に巻きついた。


 以前ゼペット爺さんと共同で作ったハイテクよろいだ。「シールド!」珠三郎の声に反応すると、流体型炭素繊維が金属板から流れ、瞬間に珠三郎の身体を包む。


「これで安心。まあ頭部はこれがあるしー」


 言いながら長く伸びた髪をさわる。火玉の点いた花火がシュシュシュと音を立てだした。


「さあ、いくよーん!」


 珠三郎は半分狂気の浮かんだ瞳で、放火魔のごとく花火を凝視した。


つづく

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