第39話 疫鬼、逃亡する

 ナーティは宙で村正むらまさを大上段に構えて、疫鬼えききの頭頂部へ一気に振り下ろした。大気をも裂く強烈な一撃だ。


「昇天しなさいっ!」


 刃の切っ先が疫鬼の骸骨頭に食い込むと思われた。ところが疫鬼の頭部が村正の刃先が下に向かうのと、同じ速度で下がっていく。


「むうっ」


 ナーティの目には疫鬼が縮んでいくように映る。そうではなかった。村正が完全に下がり切った。疫鬼は尻尾を束ねて大地を掘り、姿を地中に埋没させたのである。この間一秒もない。

 ナーティは疫鬼が潜っていった穴を凝視した。


「タマサブッ、聞こえるかしら」


「みなまで言わなくても、天才のボクはナーティ嬢の言いたいことはわかるよーん。穴に隠れていったいどこへ行ったのかってことだね」


 インカムでやりとりする二人。その音声はぬえにも聞こえている。


「ぬ、ぬえちゃん」


 苦しそうな声がぬえの足元からした。


「おおう、イッちゃん、気付いたかいな」


 ぬえは顔を上げて微笑む藪鮫やぶさめに、ひざまずく。


「ごめんねえ、ぬえちゃんに迷惑かけて」


「なにを言うか。わしの大切なイッちゃんを守るのは、当たり前のことぞ」


 藪鮫は歯を食いしばり、片手をついて上半身を起す。


「あの妖物はどこかへいっちゃたのかなあ」


「うむ。オカマさんの真剣が真っ二つにすると思ったがの。残念ながらあやつは穴を掘って逃げおったわ」


「そっかあ。じゃあさ、ぬえちゃん。今のうちにここから逃げてよ。これ以上深追いするとすごく危険だから」


 ぬえは笑った。


「なにやら面白そうだでな。このところ畑仕事だけで身体がなまっておったから、ちょうどいい運動じゃわい。それよりもイッちゃんと、この穴の上にいる女子おなごを病院へ連れて行かねばな」


「いやあ、僕なら大丈夫さあ。それに僕の仲間が駆けつけてくれるみたいなんだ。多分もうこの結界けっかいの外にいるんじゃないかな」


「仲間とな。イッちゃんの秘密を知りたいものじゃな」


 藪鮫はぺろりと舌を出す。


「えへへ。それよりも、ぬえちゃんがあんなに強いなんて驚いちゃった。あれは中国武術だよねえ。すごいなあ」


「なあに、ちーとばかりかじっただけじゃ」


 ぬえはナーティを振り返りながら、藪鮫に言う。


「のう、イッちゃんや。わしとあのオカマさんであの化け物を追いかけてみるから、イッちゃんはお仲間さんがくるまでここで待てるかの?」


「うん、僕は大丈夫だけど。くれぐれも無理しないでね、ぬえちゃん」


 藪鮫は手を伸ばし、トンファーを持つぬえの腕をさすった。

 ぬえはうなずき立ち上がった。

 ナーティはインカムを通して珠三郎たまさぶろうに問いかける。


「それで、どうなの? アンタの持ってるガラクタで、あやつを探せる?」


 珠三郎はタブレットのキーボードを叩く。


「グヘヘッ、天才タマサマにお任せあれー。市内に放った式神しきがみを集めるよーん」


 五条ごじょうは興味深げに、体操座りで珠三郎の画面をのぞき込んでいた。


つづく

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