第13話 光る眼

 金生山きんしょうざんの麓に建てられた採掘現場の簡易施設、プレハブ小屋。周囲は防音幕が張り巡らされ、すでに役目を終えたショベルカーが西陽を浴びている。


 小屋の近くには、作業員たちが乗ってきたワンボックスカー数台が停まっていた。


 そこから県道へ出る土の一本道。途中にある廃工場横をベンツCLSが重たい排気音を上げて走ってくる。


 ハンドルを握る中尾なかお、助手席には武本たけもとがいた。後部シートに身をゆだねている小笠原おがさわらはこみ上げる笑みを隠しもせず、横に座る百目ひゃくめに盛んに話しかけている。


「やはり百目先生の観察眼、洞察力は凡人を遥かに超えておられますなあ」


「あくまでも地道な研究の賜物ですよ、ミスター小笠原」


「これで徳川とくがわの埋蔵金を発見した功労者として、先生のお名前は大きく取り上げられますなあ」


 はなから財宝を独り占めにするつもりの小笠原は、もちろんどこにも発掘の話はしていないしするつもりもない。金生山の採掘現場にしても、県や市の所轄官庁へは無届で行っていた。


 ベンツCLSが、駐車されたワンボックスカーの横に停まった。

 中尾は先に降りて後部席のドアを開ける。小笠原は身体を重たそうにゆすりながら外へ出た。


五条ごじょうの先生にも御礼を申し上げねばなあ」


 武本、百目も車から降りた。

 四人はかなり薄暗くなってきたなかで、プレハブ小屋と張られた防音幕に顔を向ける。


 百目以外の三人は「おや?」と首をかしげた。人の気配が感じられないのだ。作業員たちの話し声がしない。どんよりとした空気が停滞し、遠くに野鳥の鳴き声が聞こえるだけなのだ。


「おい、誰もいないのか?」


 小笠原の問いに、中尾と武本は顔を見合わせた。


「いや、何も指示はしておりませんので、ここにいるはずなんですが」


 言いながら武本が様子を見ようと歩き出す。ふいに防音幕の内側から人影が現れた。


 リンメイである。武本は好色そうな表情を向け、ギョッと驚いて立ち止まった。


 両手に土にまみれた緑色の土器を持つリンメイ。その双眸そうぼうオレンジ色に光っているのだ。


 中尾もすぐに気付き、遅れて小笠原も異変を嗅ぎ取った。

 人間の目は絶対に光ったりはしない。


「あ、あれは」

 

小笠原は百目を振り返った。


「リンメイ、ご苦労さま。やっと見つけ出せたね」


 百目はリンメイの立つ位置まで進む。そして小笠原たち三人に顔を向けた。


「ご協力感謝いたします。ようやく掘り出すことができました」


「せ、先生、お宝は? 徳川の埋蔵金はどうしたんだ」


 震える声で小笠原が問うた。


「ふふふっ。これこそ私が探し求めていた宝。まあ、徳川の埋蔵金とは少し異なりますが」


 百目は眼鏡の奥の目を細めた。


「だ、だましたのか! おいっ」


 武本が怒鳴った。


「百目さん、こちらにいる小笠原先生をなめてると少々やっかいなことになりますが」


 中尾が剣呑な声音で言う。

 スッとリンメイが動く。それを百目が手で制した。


「待ちなさい。この方たちには尽力いただいたんです。私が、いや私たちが長い年月をかけて捜索していたものがどれほど素晴らしい宝であるか、特等席でご覧いただくとしよう」


 百目はスーツの内側へ右手を忍ばせ取り出したのは、ベレッタM92。米軍で採用されている小型のピストルであった。


「ヒッ!」


 小笠原はあわてて中尾の後方に回り込んだ。


「さあ、それではみなさん。舞台はそうですね、せっかくですから防音幕の内側にしましょうか」


 百目はピストルの先で三人をうながす。


「おい。その女が抱えている汚い土器がお宝なら、ここで見せたらいいじゃないか」


 中尾が低い声で言った。


「これをただの土器だとお思いですか? 言ったでしょう、舞台が必要なんです」


 百目は意味ありげにリンメイの持つ、土器を指さした。


つづく

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