第33話 薩満と保安官

 ナーティは五条ごじょうを軽々と背負い、ぬえと共に穴の反対側に座り込んでいる珠三郎たまさぶろうの元へ走ってきた。頭部に取り付けたインカム、カチューシャに取り付けたハートマークを揺らしながら。


 これは珠三郎を頼って、ということではない。ナーティは珠三郎がまたおかしな代物で、味方までも窮地に追い込むことがないように見張るためであった。


 汗をしたたらせながら、憤怒の形相でナーティは珠三郎を睨みつける。


「ちょっと! アンタ! こっちまで蛇の餌食になるところだったのよっ」


 珠三郎はちらりとナーティを見上げ、すぐにタブレットに視線をもどした。


「聞いてるのっ」


 珠三郎はタブレットを見ながらつぶやく。


「ふーむ。あの妖怪本体にはまったく効かなかったな。さーってと、次はどうするかな」


 ナーティの背中から降りた五条は、興味深そうに珠三郎の持つタブレットをのぞき込んだ。


「ほう、おにいさん、かなりいにしえ異形いぎょうについて造詣がおありのようですな」


「うむむっ。お爺さん、これがわかるのかな? かな」


「わしも趣味で本業の考古学のかたわら、あやつらのことについて調べておるのだよ」


 珠三郎は五条を見つめ、したり顔でうなずく。


「穴の中でふんぞり返っているのは、疫鬼えききであることはわかったんだよーん。ただ、ボクが収集している文献の中にある疫鬼とは、ちと違うような」


「仰る通りだ。本来あやつは朝鮮半島に生まれし妖物。どういう理由かわからんが、この日本の大地に眠っておった。

 わしの推論では、疫鬼はこの国の土地に対して、ウイルスのような存在であった。元々この地で生まれたやからではないからな。人間の身体は侵入したウイルスを撃退するために、白血球が活躍する。同じようになんらかの作用を大地が起こしたやもしれん」


「その結果、疫鬼は元来あった姿が変貌させられたと、こういうことですかな」


「さよう」


 二人のやりとりをイライラしながら耳にしていたナーティは、穴へ目をやった。


「そんなことよりも、あの化け物が動き出したわよ!」


 ナーティの声に全員が視線を穴へ向けた。


 立ち上がった疫鬼は二メートルを超える体高であった。両腕を広げ、何十本という尾を不気味に蠢かせている。


 リンメイは描族のように四肢を着き、背中をそらせ唸った。ビュンッと空気を切り裂き数本の尻尾がリンメイに突き出される。大地を蹴り、リンメイは攻撃を避けながら反撃にのチャンスを狙う。


 人間の能力を遥かに超えた異国の呪術師は、己の肉体を変え、薩満シャーマンとしてのプライドのために闘いを挑んでいるのだ。


 藪鮫やぶさめもただ立っているだけではない。左手で九尾剣きゅうびけんを構えながら、右手を腰に吊るしたホルスターに伸ばす。


つづく

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